学科闘争委員会

1号館にバリケードを築き立て篭もった。
各学科にはそれぞれ学科闘争委員会の部屋が割り振られた。
入り口と2階へ上がる階段には机や椅子でバリゲードを築いた。
バリケードは日々補強していった。
2階はスト破りの襲撃に危ないので各学科の部屋は3階以上だったと思うが、これも記憶が定かでない。
私の学科では教室の半分に机を敷き詰め其の上に貸しフトンを敷いた。
フトンは5〜6組ほどだったと思う。

バリケード中に確か2回ガサ入れを受けた記憶がある、其のとき機動隊は室にある物(電気ポットなど)を丁寧に壊してくれていた。
このフトンも窓から投げ出されていた。
秋も深まると誰かが電気コタツを持ち込み、皆このコタツにもぐりこみ寝るようになった。

 
学科にはそれぞれ独特の個性があった、これは私の思い込みかもしれないけれど。
土木学科は私の好きな学科だった。土木の仲間はなんとなくほのぼのとしていた。
一個先輩のNさんは話をしていると何故か気持ちが和らいだ。
数学科、物理科の仲間はいつも冷静だった。
学部で唯一女性の仲間がいる薬学科はいつも華やいでいた。
工業化学科の行動隊は学部で最強を自負する尖鋭部隊で、学科の旗はKさん手作りの黒旗だった。
電気科は当然メカニックに強く信頼の置ける貴重な存在。
機械科は地方出身の仲間が多く泊り込みも最多を誇り、理闘委の中心的存在だった。
建築学科はインテリ的要素が強く理工学部闘争員会の委員長も確か建築だった。
特に仲の良い仲間は機械、土木、工化、薬学に多くいた。

彼らはバリケードが無ければ絶対知り合うはずが無かった無二の親友だ。
今は関東を中心に全国に散らばっている。
日大全共闘書記局発行「叛逆」1号 68.9.12


学科のリーダー

各学科は自然発生的にそれぞれの代表者を決めた。
全学共闘会議で別にそういう取り決めがあったわけではない。
私の学科では旧自治会の学科代表に委員長をしていただいた。
彼は理工学部の体育会**会の会長だった。
**部の主将で、生粋の体育会だ。
日大以外では考えられない事だと思う。
大柄で屈強な体格で、デモ隊列の中でも特に目立ち、いつも機動隊の集中攻撃を受けていた。

私は委員長が大好きだった。
彼がデモ隊にいると何故か安心感があった。
理工学部が一度も体育会系のスト破りに襲われなかったのは、委員長のお陰だと今でもそう信じている。



バリケードみ住みついていた「タレ目」


全学連

私の学科にはユニークな仲間がいた。
彼は7月神田をデモしていて神田警察前でシュピレフコール(スペルが合っているかな)をしていて、署に連れ込まれ捕まってしまった。
確か我学科の検挙第一号のはずだ、間違ってたらごめん。
警察署に連れ込まれ取調べを受けたそうだ。
取調べで彼は「俺は全学連じゃない、全学連と左翼は大々嫌いだ」と答えたという。

その晩何故か放免になり神田署からバリケードに還ってきた。
彼は最後まで全学連が嫌いで、「世の中の間違いは正さんといかん!」と訳の分からないような事を言い、右翼を自称して憚らなかった。
彼は日大闘争の最後まで最強の行動隊だった。
彼は、闘争末期にセクトに行った仲間とも、最後まで変わらず大の親友だった。

7月始め、ストライキに入る前後の理工学部9号館空地の集会で、全学連のデモが応援にやってきた事がある。
白いヘルメットだったので、多分中核派ではなかったかと思う。
集会にやってきた彼らに、私を含め集会の参加者は「全学連は帰れ」と叫んで追い返した事を憶えている。
その時の私(達)は、全学連でも左翼でもなんでもなく、ただ少々過激なだけだった。
私(達)は、三派全学連も民青全学連も区別がついていなかった。



この経過を報告するクラス通信  その  その




仲間は地方出身の学生と、自宅から通学する学生の二通りだった。
当然自宅生はバリケードに泊り込むことが容易でなかった。
バリケードに泊り込むことを喜ぶ親なんている訳がない。
思うように泊り込みが出来ず、皆絶えず親とぶつかっていたようで、
いつも「お前はいいよなあ、親の干渉がなくて」というような事を言われたものだ。
自宅生は私と違い、戦う相手がもう一つあり、皆本当にそれが辛そうだった。

9月*日に逮捕され、*日に不起訴放免された際、父が上京してきた。
父が来たのはこのとき一回だけ。
2泊3日の留置で、完全黙秘を通したが、検挙2日目には親元へ地元警察を通じ連絡が入ったそうだ。
急遽上京し、出てくる私を待っていた。

父は何も言わなっかた。
一緒に帰省した。
帰ると待っていた母親に泣かれた。
私は戦列に復帰する事しか考えていなかったし、親がどんなに心労していたかは其のときは分からなかった。
それよりも早く東京へ戻りたい気持ちが勝っていた。
自分が親となった今、親の辛さを思うと、如何に親不孝だったか痛感している。

今更遅いが、「母さんごめんなさい

不起訴:前科は付かないが、指紋や顔写真など”個人情報”はしっかりと把握されブラックリストに載ってしまう。

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