日大闘争年表
 
 
1958年 1962年 1965年 1968年1月 1968年5月 1968年8月 1968年11月
1959年 1963年 1966年 1968年2月 1968年6月 1968年9月 1968年12月
1960年 1964年 1967年 1968年4月 1968年7月 1968年10月 1969年〜
 
叛逆のバリケード 引用文献

1.印の小文字日付け
    『バリケードに賭けた青春』〜ドキュメント日大闘争〜 
         日大全共闘編  巻末資料「日大闘争の経過」より
                  1969年2月15日 第1版発行 
                  1969年3月20日 第4版発行
        編者  日本大学全学共闘会議(編集責任者 田村正敏)
      発行所 北明書房(発行者 梅原北明)
        発売  三笠書房(新宿区戸山)
2.大文字日付けのみ
『反逆のバリケード』〜日大闘争の記録〜
         文理学部闘争委員会書記局編
                     1968年10月20日 初版発行 
                   1968年11月20日 再版発行
        編集  日本大学文理学部闘争委員会書記局内編集委員会
      発行  日本大学文理学部闘争委員会
        印刷  文理学部闘争委員会印刷所
3.印の文は、追記・訂正文例として経闘委OBが追記した。
(例・66年、68年 5.21−23、69年 1.18−19他)

1958年
(昭和33年)

09. 古田会頭、改善案を出す

10.23 商経学部二部自治会学生大会で、勤務評定反対闘争に参加した自治委員の不当処分撤回と、日大改善案・警職法改正案反対で24・25の両日スト決行を決議

10.24 授業放棄全学スト、ピケットを張り学内デモ

10.25 学校当局は臨時休校を発令。デモに参加した学友は学校代表者(井手学生課長)と会い、27日に学部長会見を要求

10.27 学部長との会見開かれず

10.28 28・29両日の教授会で、スト決行の責任者7名を退学処分にする旨発表

11.22 不当処分反対で学生が学内抗議集会を要求。それに対して職員は学生に暴行を加える。「警職法改正案反対中央集会」に参加し、商経学部前でデモをしていた他大学生が乱暴される。学校当局は事態悪化という理由で、高木学部長名で機動隊2000名を学内に導入

1959年
(昭和34年)

10. 創立70周年記念式典挙行、天皇、岸首相、松田文相ら出席、学生代表2000名出席

1960年
(昭和35年)

05. 哲学学科教授赤坂三男(学生指導委員長)学生に対し安保反対デモへの参加を禁じる

05.05 安保改定阻止、岸内閣打倒のスローガンのもとに、1500名が全学連と国会前をデモ

05.13 安保改定促進学生総決起大会(自民党学生部)に日大生500名参加、提灯デモで気勢あげる (注)アイク訪日の際、応援団、体育会等を動員して歓迎と護衛の用意をしていた

1962年
(昭和37年)

01. 数学科事件(文理学部長秋葉安太郎は、数学科の福富節男、木下素夫、銀林浩、倉田令二郎の4氏に、大学の思想にあわないと辞職を強要)

1963年
(昭和38年)

芸術学部応援団解散決議

11. 福富氏、私物を取りに来て、職員に暴行される

1964年
(昭和39年)

応援団、法学部自治会へ暴行を加える

1965年
(昭和40年)

哲学科事件(哲学科総会で選出の常任委員を研究室が替えさせる)
応援団が右翼暴力団と「日韓批准集会」に出席

1966年(昭41)
1966年
(昭和41年)

  6時限制問題(「合理化」により、サークル活動を圧迫)
文理学部で6時限闘争。大学当局が提示した授業の6時限制導入案に対して「13人委員会(サークルを中心とした大学未承認組織)」が反対運動を行い撤回させる。(●『叛バリ 第V章』掲載、『中央公論』昭和43年10月号「日大学生座談会」文理学部哲学科4年B氏の発言より)

4.  応援団、亜細亜大応援団に暴行。
04. 応援団、亜細亜大応援団に暴行

10.14 経済学部三崎祭で芝田進午氏の講演が不許可になり「芝田進午闘争」が始まる。
11. 芝田進午闘争 講演会不許可事件
経済学部三崎祭(大学祭)の講演会講師として芝田進午氏を招くが大学当局が禁止命令(不許可処分)を出したことにより、主催者の学生会執行部・大学祭実行委員会が自治活動への干渉と抗議。最大1千名の抗議集会にまで発展したが三崎祭終了と共に沈静化。(『叛バリ 第V章』掲載、『中央公論』昭和43年10月号「日大学生座談会」法学部OB J氏の発言より)

12.13 経済学部学生会総合部会で応援団の解散を決議。
12. 学生総会で応援団解散決議

1967年(昭42)

1967年

(昭和42年)

 1.18  経済学部で応援団と学生会との乱闘事件起こる。
01.18 経済学部で乱闘事件(応援団と学生会)

 4.20 「4.20事件」起こる。経済学部新入生歓迎会の会場に体育会学生と応援団が乗り込み羽仁五郎氏の講演を妨害、執行部学生に暴行を加え、歓迎会の解散を認める署名を強制。
04.20 応援団、新入生歓迎会場に体育会学生をつらねて乗り込み、執行部学生に暴行を加え、歓迎会の解散を認める署名を強制

 4.28  大学側は「4.20事件」に関し、執行部学生だけを処分。
04.28 教授会、執行部学生全員を処分

 11. 哲学科弁証法研究会へ弾圧

  学部祭における検問強化(早大新島淳良氏の講演が禁止される)

 12.9   秋田明大が経済学部学生委員会委員長に選ばれる。秋田執行部発足。

1968年(昭43)

1月

 1.26  理工学部小野竹之助・教授の5千万円の脱税が発覚。
01.26 理工学部小野竹之助教授不正入学金の5千万円脱税発覚

2月
 2.8  東京国税局は、日大本部および11の全学部、12の付属高佼の一斉監査を始める。
02.08 東京国税局、日大本部と11学部の全学部、12の付属高校の一斉監査を始める

4月
 4.5  経済学部富沢広会計課長が蒸発。
04.05 経済学部会計課長 富沢 広が蒸発

 4.15  東京国税庁は「日大使途不明金20億円」を発表。
04.15 20億円の使途不明金(ヤミ給与)国税局発表

 4.16  理工学部会計課徴収主任渡辺はる子氏が自殺。
04.16 理工学部会計徴収主任 渡辺はる子が自殺

 4.18  日本大学教職員組合、古田会頭以下16人の全理事の辞職を勧告。
04.18 教職員組合、古田会頭以下16人の全理事の辞任を勧告

 4.20  経済学部新入生・移行生歓迎大会で日高六郎氏の講演が禁止さる。

5月
05.16 学文連の第三部室の第1回合同討論会

 5.21  経済学部と短大経済学部の学生会、経済学部地下ホールで討論会。
05.21 経済学部と短大経済学部との学生会、経済地下ホールで討論会
 5.21  経済学部と短大経済学部の学生会、昼食時間に経済学部地下食堂ホールで使途不明金と学内検問体制などを弾劾する討論会を始めるが、40・50名程の体育会学生集団がなだれ込み、「赤狩り」と称して学生会学生に殴るける上着を引きちぎる等の暴行を加えて校舎外に放り出す。この時の暴行行為の現場指揮命令は日大付属鶴が丘   高校の現役職員・上田氏(元本部応援団長)が当たっていた

 5.22  経済学部と短大経済学部の学生会,学生課前で抗議集会、抗議文を採択、掲示。
  大学側は一方的にこれをはがす。
05.22 経短学生会、学生課前抗議集会、抗議文を採択、掲示。掲示は一方的にはがされる
 5.22  経済学部と短大経済学部の学生会が、前日の暴行行為に対する抗議行動として学生課前で抗議文を採択し掲示するが、それを大学職員が目前ではがす。学外に出された学生会学生は近くの喫茶店・白十字で各学年のクラス会委員等一般学生と合流し日大改革の討論を行う。

 5.23  経済学部と短大経済学部の学生会、地下ホールで抗議文撤去に対する抗議集会。
  大学当局はシャッターをおろし学生をとじこめる。
  集会後、約2,000人の学生が200メートルの日大初のデモ。
05.23 経短学生会、地下ホールで抗議集会、抗議文撤去に抗議。再度抗議文掲示。法学部の学友50名、地下ホールの抗議集会に合流。当局、シャターを下ろし学生を閉じ込める
(初めてのデモ 通称200Mデモ)
 5.23  経済学部と短大経済学部の学生会が再度、経済学部地下食堂ホールで抗議文撤去に対する抗議集会を開催。ホールは耳を傾ける一般学生で満杯となり、途中、動員された体育会学生100名程が通常通り暴力排除行為を始めようとするが一般学生からの暴力反対の罵声に躊躇し暴行を中止する。この集会に更に加わろうとする学生が地下への大階段に殺到したため、大学当局はこの階段のシャッターを封鎖し、正門裏の階段から学生を脅しながら全員を学外に排除する。校舎の外に出された学生約2000名は抗議のデモ隊列を組み、白山通りから錦糸公園までスクラムデモとフランスデモを行う。これが世にいう日大200メートルデモである。この際、本部応援団員が、大学職員や体育会学生から
のデモ襲撃を阻止する警備と称してデモ隊の側方を一緒に歩いた。

文学部教授会、声明書を出す

 5.24 経済学部と短大経済学部の抗議集会に体育会系「右翼」なぐりこみ、会場を占拠。
05.24 経短学生会の地下ホール抗議集会に体育会系右翼がなぐりこみ、会場を占拠。校舎前抗議集会、法学部の学友2000名合流。錦花公園までデモ行進。団交集会に体育会系右翼介入。法2号館まで抗議デモ。法学部の学友200余名は自治委員総会に結集、3号館前で抗議集会。経1300名参加

05.25 法、3号館前集会500名。文理抗議集会。経済学部前集会に5000名結集秋田明大以下3名(経済学部自治会委員)処分発表

 5.27  全学共闘会議発足。
05.27 文理闘争委結成。各学部集会。全学共闘会議結成。経済前集会。文理学生会久米委員長、無届集会に参加しないようにと掲示

 5.28  各学部に闘争委員会を結成。経済学部前で3,000名の全共闘集会。
     大衆団交を大学側に要求。
05.28 各学部別に闘争委員会を結成。経済前全共闘集会3000名。31日の大衆団交を大学側に要求

05.29 商学部で1000名集会。法学部学友120名商学部へ支援デモ

05.30 学生会連合会、当局に要求事項提示。これに対して大学側、緊急理事会開催

 5.31  世田谷文理学部で8,000名の学生による集会と抗議デモ。体育会系学生と対立し流血事件。全学的規模で大衆団交を要求。
05.31 文闘委集会に体育会系学生がなぐりこみ、学友4名重傷、2時40分、文理へ経・法・芸などの学友6000名結集、大衆団交を要求

6月
06.01 法学部学生、右翼に襲われる

経済学部学生3名が道路に赤ペンキで「日大闘争勝利」と書き、道路法43条で逮捕される

 6.4  約1万人の学生が神田三崎町の本部を包囲し大衆団交を要求。
06.04 本部前大衆団交要求集会8000名結集。6月11日の大衆団交を要求。法闘委のデモ隊に弾圧、怒った法学部学友300名、本部内に突入

 6.5  医学部学生委員会、全学共闘会議を承認。06.05 医学部学生委員会、全共闘を承認

 6.6  農獣医学部で抗議集会。
06.06 農獣医、抗議集会

 6.7  2部法学部、抗議集会。芸術学部で学長出席のもと説明会開かれ
     る。農獣医学部、公開説明会開催。
06.07 法学2部、抗議集会。芸、学長出席のもとで説明会開く。農獣医、公開説明会開催

 6.11  全学共闘会議主催による大衆団交を大学側に要求する全学総決起集会(約1万人)が経済学部前で開かれる。体育会系右翼学生が集会に介入。流血事件。午後5時、800名の機動隊出動。機動隊の
     出動を「右翼学生を規制するため」と思い込んだ学生は機動隊に拍手を送ったが、機動隊は総決起集会に参加した学生を実力排除。  学生は法学部3号館を占拠、バリケードをきずく。
06.11 経済学部前での全学総決起集会(10000名結集)に体育会系右翼暴力学生が来襲、学友60余名が負傷。午後5時近く、機動隊導入、全共闘を規制、暴行を加え学生6名逮捕される。法学部3号館を占拠し、バリケード構築。スト突入

 6. 12  経済学部バリケード構築、スト突入。
06.12 経済学部スト突入、経・文理等の学友が泊り込み
法学部前で前日の抗議集会等の後、経済学部への再突入を図るが、校舎内は大学職員・体育会系右翼暴力学生共々もぬけの殻であった。経済学部にバリケードを構築し、スト突入。学友泊り込み開始。

06.13 学生会連合会、解散宣言。理工学部自治会解散

 6. 14 経済学部バリケードを黒ヘルメットが襲撃。自主講座始まる。
06.14 文理教授会、理事会に勧告書提出。経バリケード、黒ヘルメットに襲撃され、学友1名負傷

 6.15  文理学部学生総会でスト決議、スト突入。バリケード構築。
06.15 芸術学部教授会、要望書提出。文理学部、学生総会でスト決議、スト宣言後、スト突入。1号館占拠、バリケード構築

06.16 経、スト中の学友に右翼が襲いかかり重傷
経済学部バリケードに朝日ジャーナル記者の偽名刺を持つ紳士(日大付属鶴が丘高校の現役教諭・野球部監督・生徒指導担当・保田氏)が、秋田氏他数名の執行部員に取材と称して近くの喫茶店・白十字に連れ出す。バリケード泊の同付属高校出身者の通報により身分が発覚し、捕獲される。

 6.17  古田会頭および理事会が全共闘に予備折衝を申し込む。
06.17 経闘委主催学生大会で、法自治会リコールを確認。古田会頭と理事会が全共闘に予備折衝を申し込む。芸で学生と大学当局との討論会

 6.18  商学部バリケード構築、スト突入。
06.18 商学部、スト権確立。バリケードを構築してスト突入。芸にて金丸理事と学生との討論会

 6.19  芸術学部スト突入。大学側は大衆団交を拒否。
06.19 芸術学部、スト宣言を行い、スト突入。農獣医スト権確立。文理バリケードに黒ヘルメットのスト破り来襲。商、スト突入、1号館占拠

 6.20  全共闘は5項目からなる闘争スローガソを採沢。@全理事総退陣 A経理の全面公開 B不当処分白紙撤回 C集会の自由を認めよ D検閲制度撤廃。古田会頭、19項目の改善案発表。
06.20 古田会頭、19項目改善案発表

06.21 理工習志野学生総会にて、認可制度撤廃を決議

 6.22  法学部闘争委員会、学部大衆団交要求の集会開く。農獣医学部ス
     ト突入。
06.22 文理三島、スト権確立。法闘委、学部大衆団交要求集会を開く。農獣医学部スト突入

 6.24  文理学部三島校舎スト突入。
06.25 全共闘主催の大衆団交拒否に対する全学抗議集会を開く。夏休み策動粉砕統一集会で夏休みスト体制の方針提起。法1号館封鎖

7月
 7.4  全学総決起集会、全学部が参加。
07.04 久米執行部弾劾集会(文理)。夏休み策動粉砕全学総決起集会

 7.5  習志野理工学部スト突入。
07.05 理工習志野学生会、スト突入

07.06 芸術学部に機動隊現れる

07.07 7・7七夕総決起集会(文理)。古田会頭、理工5号館に現れる。予備折衝の確認

 7.8  理工学部スト突入。
07.08 理工自治会、教授・学生の討論会を開く。理工学部(神田)スト突入

07.10 使途不明金に関する国税局発表。日大教職組、特別調査委員会の調査結果を発表

07.12 灘尾文相、記者会見で大学紛争について語る

07.18 大衆団交の予備折衝が実質上流れる

 7.20  法学部1号館で全学集会開かれる。古田会頭以下全理事出席、全学共闘会議と大衆団交予備折衝。8月4日に法学部大講堂で大衆団交を行なうことが文書で確認される。全学集会後のデモで機動隊と衝突。68名検挙される。
07.20 予備折衝で要求事項、誓約書の認確。全学集会後のデモで、機動隊、学友95名不当逮捕される

 7.21  神田署へ抗議デモ、機動隊が学友67名逮捕。
07.21 神田署へ抗議デモ、機動隊が学友67名逮捕

 7.24  古田会頭、大衆団交無期延期を通告。

 7.27  全学部OB会議、全共闘支援の集会とデモを行なう。
 07.27 全学部OB会議、全共闘支援の集会とデモを行なう。文理、教授会との大衆団交

07.31 学生4名逮捕

8月
 8.2  各学部総決起集会。全学総決起集会。神田デモ。8名検挙される。
08.02 各学部総決起集会。全学総決起集会、神田をデモ、機動隊の規制で8名検挙される

 8.4  当局の大衆団交拒否に対する抗議集会。
08.04 大衆団交拒否抗議集会(法1号館)

 8.6  全共闘8.25大衆団交を当局に文書で要求。

 8.12  文理学部で13時間にわたる学部大衆団交、森脇指導委員長辞任確
     約。
08.12 文理教授会との13時間にわたる大衆団交。森脇教授の辞任を確約。要求を全面的に勝ち取る

 8.17  理工学部で学部大衆団交。

 8.22  理工学部教授会との団交を当局拒否。理工闘争委、理工学部5・6
     号館を自主管理。

08.23 各学部総決起集会

8.24  法学部教授会は全共闘に占拠解除を要求「応じなければ法的手段に訴える」と文書で通知。古田会頭は全共闘に対し「全共闘を正式代表と認めず、紛争解決のための相手としない」と通告。

 8.25  全学総決起集会(団交拒否抗議)。集会後デモで機動隊と衝突8名逮捕される。商学部バリケードにスト破り、正面バリケード破壊れさる。
08.25 全学総決起集会(法1号館)開催。集会後のデモで学友8名不当逮捕される。商バリケードにスト破り来襲、正面バリケード破壊される

 8.31  当局、法・経学部校舎の占拠排除立入禁止の仮処分を東京地裁に申請。

9月
 9.3  当局、9月11日からの授業開始を新聞に公告。全共闘、日大病院駐車場で古田会頭に対する団交拒否抗議。機動隊出動、全共闘のすわり込み規制,学生3名逮捕される。
09.03 全共闘、日大病院駐車場で古田会頭に会い、大衆団交について折衝を要求するが拒否される。抗議する学友の座り込みに対し機動隊がゴボウ抜き、3名の学友が検挙される

 9.4  東京地裁の仮処分決定にもとづき経・法本部のバリケードが機動隊によって破壊される。学生132名逮捕される。全共闘は理工学部9号館建設予定地でスト破壊抗議集会。集会後,経・法を再占拠。バリケード築く。郡山工学部スト突入。
09.04 仮処分申請の強制執行で、経・法・本部のバリケードが機動隊(800名)によって破壊される。
132名の学友逮捕。全共闘のスト破壊抗議集会(理工9号館建設予定地)に2000名の学友結集、集会以後、法・経を再占拠、バリケード再構築

 9.5  早朝、経・法に機動隊再度導入、バリケード破壊される。5,000名の全学抗議集会。神田デモ、三崎町路上の1万人抗議集会。生産工学部スト突入。警視庁西条巡査部長の重体を発表。
09.05 早朝、機動隊再度バリケード破壊。全学抗議集会、5000名の学友結集、神田をデモ。経・法を再占拠。バリケード構築。経済校舎前で集会を開く、7000名の学友参加。生産工学部、スト突入

 9.6  経済学部前で全学抗議集会。法・経、4度目の占拠、バリケード構築。白山通り5,000名のフランス・デモ。機動隊と激突、重傷者多数。
09.06 経済前座り込み抗議集会後、法・経4度目の占拠、バリケード構築。5000名の学友白山通りをフランスデモ、機動隊は催涙弾、ガス銃、ガス筒で弾圧、35名を検挙(日大闘争で初めて機動隊が催涙弾等使用)

 9.7  理工9号館建設予定地で全学総決起集会と神田デモ。機動隊と激突して129名検挙される。
09.07 理工空き地で全学総決起集会、約3000名の学友が結集して神田デモ、129名検挙

 9.9  理事、学部長会議開催される。法学部教授会は学部長以下6名の教授辞任と理事総退陣を決議。郡山工学部、本館に続き図書館封鎖。
09.09 郡山工学部、本部につづき図書館封鎖

 9.10  文理学部で教授、助教授、講師の合同会議開かれる。159名の署名で声明書を理事会へ提出。
09.10 法学部長以下5名辞任、理事会は4項目の譲歩案決定。商学部へ体連系の暴力学生が来襲。文理、教授・助教授・講師の合同会議、159名の署名で声明書を理事会へ提出

 9.12  全学総決起集会。集会後のデモで機動隊と衝突、逮捕者154名。
09.12 理工空き地で全学総決起集会、7000名結集、白山通りデモ、機動隊の弾圧で学友2名負傷。学友164名不当逮捕

 9.14  7学部の助教授、講師、助手による「教員連絡協議会」発足、理事総退陣要求の声明を発表。
09.14 商学部へ鉄棒をもった右翼暴力学生の来襲、9学部教員の連絡協議会発足、約800名、理事総辞職を求める声明を発表

 9.16  永田総長、辞意表明す。

 9. 19  全学総決起集会。9.24大衆団交を当局に要求。医学部スト突入。
     11全学部スト突入。
09.19 全学総決起集会、5項目の要求に21日午後8時までの回答を要求、医学部スト決定、11全学部のストに発展

 9.21  古田会頭、全共闘に「回答書」を提示、学生自治活動、学生指導機関の改革などに関し大幅譲歩、定款改正後の全理事退陣の意を表明。
09.21 定款改定後に全理事退陣の意が発表される、これに対し全共闘は24日の大衆団交を要求

 9.24  法学部での全学総決起集会で、9.30大衆団交要求と本部封鎖が決議される。

  9.30  午後1時、全共闘、経済学部前で全学総決起集会、両国講堂では右翼学生の集会。午後3時より全共闘学生両国講堂到着のあと、 大衆団交開催、翌日まで続行。
09.30 午後1時、全共闘、経済前総決起集会、一方両国講堂では日大学生有志会の決起集会、午後3時より両国講堂で学生40000名が参加し初めての12時間にわたる大衆団交開かれる。理事者側は学生の9項目要求を全面的に認める。生産工学部へバリケード破り来襲。芸術学部にも武装した暴力学生が来襲、女子学生2名を針金でしばり、寝具等を焼く

10月
10.1  午前3時、大衆団交終了後5,000名が神田三崎町へデモ。
10.01 佐藤首相は日大の大衆団交を重視し「政治問題として取り上げるべきだ」と強調大学問題閣僚懇談会を設置

10.2  大学当局は10.3大衆団交拒否。
10.02 古田会頭日大当局は緊急理事会を開き30日の大衆団交は数の威力で強要されたと、大衆団交を拒否

10.3  両国講堂で団交拒杏抗議全学総決起集会(1万名参加)。
10.03 大衆団交での確約事項破棄に対して集会、デモ

10. 4  秋田全共闘議長以下8名に公安条例違反、公務執行妨害の疑いにより逮捕令状が出される。
10.04 全共闘議長 秋田明大以下8名に逮捕状出る

10.5  緊急理事・学部長会議。
    経・法・理工の各学部長それぞれ教授会に辞意表明。運営権をめぐって結論出ず、7日の評議員会にもちこす。

10.6  全共闘,今後の方針を声明@9.30大衆団交は有効、当局は完全実行に移せA全学大衆団交要求B学部別団交要求C現執行部は逮捕されても闘い抜く、等を声明。

10.7 評議員会、理事総退陣と今後の問題で結論出ず、全理事一致を原則として理事会に議事差し戻す。

10.9  理事会、多数決をもって理事総退陣を決定。
     経済学部前にて総決起集会。白山通り3,000名の武装デモ。

10.14 郡山工学部へ右翼のなぐりこみ。バリケードに放火し空気銃を撃ち込む。
10.14 工学部(郡山)に右翼が襲撃、全共闘学生多数負傷

10.21 「国際反戦デー」。関東軍が結成される。

10.25  歯学部、学部団交流会。

10.26  全共闘組織局長今章、逮捕。これに抗議し、神田署へデモ。学友14名逮捕さる。

10.31  古田9.30確約事項を破棄、「寄付行為が改正されてない」ので退陣しないとの居直りを表明。

11月
11. 8 スチールパイプ、角材、スチール制のタテ等を持ち、完全武装の「関東軍」日大、拓大、東海大の応援団・体育会、「皇道会」ヤクザなどの右翼暴力団約400名が江古田芸術学部を襲撃。午後全学総決起集金。白山通り武装デモで制圧。このデモの中に日本愛国党の宣伝カー突入しデモ参加者を負傷させ、さらに愛国党員がオノをふりまわして学友数名を負傷させた。
11.08 芸術学部へ早朝右翼関東軍(400名)が襲撃、6時間の攻防戦で200名負傷。右翼10名逮捕される

11.09 教員協、大学当局に抗議して本部前でハンスト

11. 10  全国父兄大会、両国講堂で開催。父兄会にまぎれこんでいた一部反動的後援会、校友会の策動を粉砕し、新議長を選出して、「古田退陣」等4項目を決議。
11.10 両国講堂にて父兄大会(5000名参加)授業再開決議が否決され大学弾劾集会となる。理事退陣・告訴等を決定

11. 12  11. 8の右翼バリケード破壊の現場検証を口実に芸術学部へ機動隊導入。芸闘委46名は約3時間の交戦の末、全員逮捕。 弾圧は新型P型ガス弾800発を連射するという過激さだった。これに対し全共闘は1,000名余の抗議集会後、再度芸術学部を奪還しバリケードを再構築。
11.12 芸術学部、右翼との乱闘事件で強制捜索。抵抗した学生全員(43名)逮捕。1000発の催涙弾が使用される。全共闘抗議集会ののち再占拠

11.13  右翼暴力団と国家権力の攻撃に対する抗議集会。2,000余名が結集し、神田地区と江古田地区を日大解放区とする。 経闘委横浜君逮捕される。

11.14  当局の手先の学生大会が両国講堂で開催。それを阻止しようとした学友10余名が逮捕される。

11.17  全共闘副議長酒井君、長野県父兄大会より帰京途中逮捕される。
11.17 秋田議長と東大全共闘山本代表が記者会見し22日に日大東大が総決起集会を開くことを発表

11.19  全学総決起集会。国家権力、右翼暴力団、大学当局一体の弾圧をはねのけ日大闘争に勝利することを確認。「11.22 日大=東大闘争勝利・全国学生総決起大会」が提起される。
     経短二部闘争委員長樺山君逮捕。

11.22  東大安田講堂前にて「日大=東大闘争勝利・全国学生総決起大会」かち取られる。

11.24  経済学部4年生に対する授業再開。塩原・千葉等で寺小屋式疎開授業。
      経済学部、9. 4に関するデッチあげ殺人・傷害容疑の5名を逮捕。

11.28  農獣医、鈴木君逮捕される。

11.29  法闘委員長酒井君別件再逮捕。

11.30  大衆団交。理事者出席せず、抗議集会に変更。

12月
12.1  農獣医の笠置君郡山工学部神田君逮捕される。

12.3  法学部高橋君逮捕。

12.4  経済学部短大、軽井沢にて授業再開。参加学生が授業ボイコットを決議して中止。
      芸闘委員長真竹君、法闘委柴田君逮捕される。

12.6  評議員会開かれる。51名出席中、反対3名で「寄付行為」可決。
12.06 評議員会は新寄付行為を理事会案どおり可決

12.7  右翼と官憲が郡山工学部へバリケード破壊。工闘委粉砕。

12.8  全学総決起集会。3,000余名結衆。当局の寄付行為弾劾及びに12.
     15日大闘争報告集会の提起。

12.10 古田、寄付行為の件で記者会見、全理事は12月6日付でやめる。
     しかし、新理事が選出されるまで職務は遂行すると、退陣引き延ばしをはかる。

12.11  右翼学生130名、清水谷公園にて集会。日比谷までデモ。

12.15 安田講堂で日大闘争報告集会を開く4000名参加

12.16 各学部で疎開授業開始

12.23 全学総決起集会。2,000余名結集。越年体制の強化と団結をかため
      た。集会後、中大へデモ。

12.24  各学部、「メリー・バリケード」のパーティ。

12.30  各学部餅つき。


1969年(昭44)

1.8  文理学部4年生に対する千葉での疎開授業を始める。全共闘粉砕する。

1.11 経済学部、入試実行委員会を開き、全国分散入試を決定。

1.15 東大にて労学共闘で闘争勝利の総決起集会を開く。

1.18  東大安田講堂防衛戦に日大生も全国学生有志と参加。
01.18 各学部集会後、理工学部前に集結し東大安田講堂闘争支援集会を開く。集会後、明大、中大等の全学連セクトと共に御茶ノ水周辺をカルチェラタン解放区とし、順天堂病院方向から東大への侵攻を図る。
夕刻、御茶ノ水駅に到着したに京浜安保共闘の労働者諸君が火炎瓶で攻め上がるが到達できなかった。
日大情宣部隊が警察無線を盗聴し、安田講堂を攻撃する機動隊が夕刻前に催涙弾を使い果たし自衛隊所有催涙弾の供給を要請する電波をキャッチするが、全学連セクト幹部により日大全共闘部隊への伝達、東大突入開始を阻止される。

01.19 東大闘争支援で日大・中大などお茶の水周辺を占拠、機動隊と衝突
※01.19  前日に引き続き、御茶ノ水カルチェラタン解放区闘争を展開するが、 安田講堂が夕刻までに陥落し、解散する

02.01 当局は教職員組合3幹部を大学の名誉を傷つけているとして解雇

02.02 工学部(郡山)自らヘルメットをかぶった学部長陣頭指揮の下にバリケード撤去

02.04 法学部・経済学部に機動隊導入、校舎のロックアウトを行なう

02.11 「日大闘争勝利五万人集会」に50000名参加

02.18 文理学部に機動隊が導入、学生排除され8ヶ月ぶりに全面的バリケード解除

03.12 秋田明大議長、潜伏中の渋谷区で逮捕される

03.13 生産工学部統計学科7名の教官に辞職勧告

03.19 全学入学式を中止、学部別に行なうと決定

03.25 全共闘主催「新入生=全共闘集会」3000名参加、法・経学部へのデモで45名逮捕される

04.02 文理学部教授会、従来の形式による大衆団交には応じないと表明、封鎖解除等の弾圧政策に出る

04.12 法・経奪還闘争、明大学館前にて2000名結集。お茶の水周辺を解放区に、機動隊明大学館に乱入し、128名逮捕

05.13 授業粉砕闘争

05.21 全学総決起集会2000名結集、理工1号館に突入封鎖

05.23 「大学治安立法粉砕・日大闘争1周年全都学生総決起集会」3000名結集

06.02 文理授業粉砕・学園奪還闘争

06.11 「日大闘争1周年総決起集会」2000名結集。46名逮捕される

06.23 農獣医バリスト1周年記念集会に対し、大学当局ロックアウト体制取る

07.02 農獣医「団交拒否抗議集会」2000名結集。本館バリ封鎖

07.03 農獣医の右翼火炎ビン等でバリ破りに来る。機動隊導入し封鎖解除される

08.28 古田会頭不起訴と決定

09.04 全学総決起集会。9月再封鎖闘争に向け意思一致。2000名結集

09.08 医学部スト突入

09.10 当局、古田重二郎を日大会長に選出。古田居直り新支配体制確立される

09.12 「古田新支配体制打倒」全学総決起集会

09.22 「古田新体制打倒全学総決起集会」2000名結集

09.25 法学部3号館前で集会、1号館を一時封鎖

09.30 「全都全共闘・日大闘争奪還闘争」お茶の水周辺でゲリラ闘争展開、360名逮捕される

10.22 工学部 加藤教授懲戒免職処分になる

11.15 「新支配体制弾劾市民集会」2000名結集

12.08 11.15不当弾圧抗議集会

12.26 秋田明大議長の保釈勝ち取る

1970年(昭45)

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