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■2007.10.31 night  管理人

月の最後だから、家族のBS2番組の感想を記しておこう。
先日、長男の32回目の誕生会を催した。
催したといっても家族4人のささやかな祝い。
大学で離れていた時期を除いて欠かしたことがない、我が家の恒例行事。


4人でケーキをつまんでいると、
「父さん、番組は録って有るの?」
嬉しいことに次男坊が切りだした。
「ハードディスクにもDVDにも録ってあるぞ!」
「ここで少し観るか」

「学生がストライキって、どういう事?」
「ダメだよ、学生は真面目に勉強していなくちゃ〜」
体育会系色の強い職場に勤める長男坊。
「ウン、どういう事って、観りゃ解る、そういう事さ!」
私は説明しない。
この番組、観ているだけでその流れが解るように作って下さっている。
長男坊は納得がいかない素振りで画面を観ている。
「どうだ!、父さんのドタバタ活劇話はホラじゃ〜無かったろう」

次男坊は何も言わず、じっと観続けている。
幾らなんでも3時間も観続けるのは辛いので、途中は早回しで。
「父さん、DVD貸してよ、後でゆっくり観るから」
どうやら次男坊、興味を持ってくれた様だ。
妻が一言追い討ちを掛けてくれた、
「おばあちゃんはね、これを観て涙を流したそうよ」


■2007.10.31 morning  管理人

「Mさんとこに(見舞い)行こうと思うのだけれど、彼は
未だ病院に居るのかな?」
「近くまで来たものだから・・・・」
「ありがとうございます、私の友人に気を遣って頂いて」
「東京の仲間にMくんの所在を確かめてから、直ぐに電話掛け直します」

休みを貰って、教会へ出かけるところへ携帯が入った。
930の会の仲間の一人が、Mくんの見舞に行ってくれるとの連絡だ。
仲間とMくんは、当時も今も一面識もない。
有るのは、あの時代を共有した思いだけ。

21時過ぎ、電話が入った。
「今、面会が終わったところ、2時間位話したかな」
「少し話せば、直ぐ打ち解けたよ」
「正直に、私の方の履歴も喋ったよ(笑」

Mくんの履歴もかなりのものだが、この仲間の履歴もそれ以上だ。
もし、居酒屋で吹聴を始めたら、この二人の右に出るものは居ないだろう(笑。
濃い履歴のお二人の39年振りの邂逅。
私らは来年、1968年から数えて40年振りに再会したい人達が居る。


■2007.10.30 night  管理人

昼から教会へ出掛けた。
「社会主義がね、公正な社会を作ると信じたんです」
「皆がね、幸せに生きれる社会をと・・・・」
「でもね・・・・、」
話し込んで、気が付くと5時前になっていた。


帰り際に、
「牧師さんに、一つワザを」
ブログにYouTubeを貼りこむ手順を教えて差し上げた。
フンフンと真面目に聞いて下さった。
ジョーン・バエズの「Gracias a la Vida」が牧師さんのブログに座った。

「貴方の目指したものを、教会も目指しているのですよ」
牧師さんの一言が心に残る。


■2007.10.29 night  管理人

'69年の夏を迎える前に、マドンナは私の前から消えていた。
その前の年の夏が嘘のよう。
新高円寺のアパート、抜け殻のように時が過ぎていた。
テレビではアポロ11号の月面着陸。


その年、二月から続いたバリケード奪還闘争、
鉄格子を挟んだ授業再開阻止闘争、
もうボロボロに消耗し、
周りが見えなくなっていた頃、
この曲がテレビから流れていた。


■2007.10.26 morning  管理人

昨日、BBSの管理人宛に匿名のメールが舞い込んできた。
やけに私の事に詳しい。
このHPで書いていない私の妹の事まで書いてある。
全共闘仲間でも、私の妹の事を知っているのは極親しい奴だけなのだが。
全共闘仲間であることは間違いないのだが、プロフィールが浮かんでこない。
探りを入れる返信をしたら以下の返答が来た。

おいおい忘れたって....それは無いだろう!!
君の実家にだって泊めてもらったぞ!!

材木屋は新高円寺でしょう....それに阿佐ヶ谷北は何か薄暗い?
これはいささか記憶に自信が無いが(笑)

そうそう電通の集会全都理工系学生総決起集会は、それのことです!!
沢山その手の集会は経験しているけど....たぶん君にとっては
印象深い出来事かと思って(苦笑)書いてみたんだが

最後にヒントでイニシャルが記してある。
当時、私の実家まで遠征してきた奴は、アイツと・・、アイツと・・・と指折りしていたら記憶が蘇ってきた。
Uくんだ!
資料のページで、当時の写真を持っている数少ない仲間と記している同学科の仲間だ。

電通の集会とは、ビラの内容の通りだが、
何を間違ったか、日大全共闘理闘委を代表して連帯の挨拶の大任が私に回ってきた。
結果は思い出したくもない、
しどろもどろの内容で、私の全共闘の履歴からは抹消したいものだった。

Uくんは当時珍しかった一眼レフカメラを持っていた。
カメラを肩にぶら下げ、デモに参加する。
機動隊との攻防戦になると、石の飛び交う真っ只中でカメラを持って走り回る。
記録班だけに徹していなかったので、格子付きの別荘に宿泊する名誉にも浴している。
時には、カメラそちのけで投石していた、闘う記録班だった訳だ。
私が証言するので間違いない!
このHPを立ち上げる際に連絡を取りたかった仲間だ。
しかし、返信文の後半を読んでガックリ、

それから5年前に君が欲している?物は、考えるところが有って父と母
の葬儀の後に処分しました。
 両親は、それを僕の部屋に30年近く、大きなダンボール箱を幾つも
タイムカプセルの様に保存してくれていたんですが............

私のバリケード生活のスナップ、デモの写真、ヘルメットの勇姿?は、
彼の記録にしか残っていないと思っていたので。
Uくんの記録は唯一の望みだったのに。
「何でだよ!!・・・・・」


■2007.10.25 morning  管理人

寝る前にメールのチェックと思い、久し振りに長男坊からお下がりのダイナブックをパワー・オン。
起動すると同時にスカイプが立ち上がっている。
三人が通話(会議)中のサインが、程なくコールが入る。
三人の内のお一人は、スカイプでは始めて、
首都圏とベトナムと田舎を結んで四人の会議に参加。

今回は4人中3人がWEBオタク。
会話は自然とそちらの方へ流れ、話題はHPへのプレヤーの貼り付け。
プレヤーの貼り付けソース(HTMLタグ)の情報交換。
「プレヤーがどうしても動かないんだ、何とかならないか?」
メールでサンプルのソースを交換して色々試し合ってみる。

途中から1名の音声がかすれて途切れがちになる。
「だめだ、CPUが一杯一杯だ」
何せ、オヤジ連はスカイプと並行して、インターネットは開いて、HTMLのソースはメールで飛ばし合うは、一端のマルチ・タスクで進行している。
「メモリーが512MBでは限界かな」
「スカイプを再起動すると改善するかもしれないよ」

私といえば、会議の進行と並行して、
メールでソースを受け、Windows Media Playerで曲を取り込み、FTPソフトでHPへアップロード。
タスクマネジャーを見ていると、CPU使用率は30〜40%前後で推移している。
長男からの有り難いお下がり物、ここまではフリーズせず何とかこなせる。
これからは、PCマシンはそれなりの性能が要求される時代になったのかも、
何せオヤジ連をしてこれだもの。

今回は1時間ぐらい進行しただろうか、
「そろそろ眠いのでギブ・アップ」
この声で、会議はお開きになった。

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■2007.10.23 morning  管理人

日曜日に、喜々としてinfoページにムービーをアップ。
<embed> のHTMLタグでメディア・プレヤーを貼り付けたのだが、
何があってこう気難しいのか、再生したり〜、しなかったり。
FireFoxのプラウザだと全く取り合てもくれない。

今年の元旦の初日の出クルージングのムービーは、全く同じ<embed> のHTMLタグを記述していて、問題なく再生がスタートする。
そういえば”どこからどこへ”のミュージック・プレヤーも私の症状と同じではないかと思うこの頃だ。
「リンク先のファイルが無いか、ファイル名が正しくない」とのエラーメッセージ。
同じHTMLタグを書いているのに、もう・・・ブチ切れ寸前。

まぁ・・・・、色々と問題もあろうと思うが、
その時はその時だ。
関係筋に一言、「許してくんろ!」

そういう訳で、
困ったときのYouTube。
オヤジが中途半端なマニアすると、こういう事だ。
よく見れば、YouTubeも同じ<embed> のHTMLタグ
まぁ、そういう訳だ。



しかし・・・、
これって、うちらの農闘委他の写真、まんまのパクリだよね!
ブルスモさん、やられたようだよ!
YouTubeオヤジだけどマジ、これはワタシじゃ〜ないからね、仲間の誰かかな?
でも、出来も童子の曲も良いね。
10月21日の投稿みたいだから、”日めくりのタイムトラベル”の影響かな



■2007.10.21 morning  管理人

疲れ果てて、余りに早く寝てしまったので、
お陰で今朝は丑三つ時に起床。
幾らでも寝ていられた時代が懐かしい。
折角だから一仕事とパソコンに向かう。

同世代の訃報が続く。
右も左も、身体強健も軟弱も関係なさそうだ。
桜上水で体育の授業が一緒だった彼女も逝った。
鍛錬を怠らない心がけも、どうやら寿命には関係がなさそう。

「来年が有ると思うな」
これが今年の「日大930の会」同窓会の合言葉だった(悲。
そういう意味で、「来年こそは」に掛けてやろう。
来年は1968年より数えて40年目になる。

未明から、寿命を縮めて「930インフォメーションページ」を作成。
半日で一週間分の作業をこなしたのだ。
ムービーが動いたり動かなかったり、気難しい・・・・、
まぁ、いいか。


■2007.10.20 night  管理人

帰って寝て、出掛けて仕事、
週初めから一週間、ほぼこれだけの繰り返し。
「生きてるか?・・・・」、という突っ込みがありましたが、
私でも、たまには日記も綴れぬ程、人並みにせわしい時期が有るのです。

死んでいるのではありません (`ヘ´~)。

この一週間、朝はピンク・フロイド、
夕は”谷山浩子”さん聴きながら出退勤。
彼女の歌は、おっとせいさんの日記で久し振りに聴く事に、
いい歳こいたオッサンが、恥ずかしいから此処だけの話なのだが(笑、
「ねこの森には帰れない」以来の隠れ浩子ファンなのだ。

私のベスト・アルバムは
1は、「眠れない夜のために」
2は、「ボクハ・キミガ・スキデス」
この2つは擦り切れ寸前のカセットテープ。
田舎のCDショップには置いていないので、アマゾンでも改めて探してみようと思っています、

私にはおっとせいさんのように考察出来ないですのでが、
”カントリーガール”はいい曲です。


■2007.10.16 morning  管理人

ピンク・フロイドのアルバム、「エコーズ」、
聴きながら、車窓に見える雲が綺麗。
根が暗いもので、夕日の方が好きなのだが、
この日の朝の空には見入った。
ハンドル握ってなので、写真は命懸けだったが。


アルバムの題名のように”エコーズ”な空。

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■2007.10.14 morning  管理人

2時間7分44秒、昨夜のスカイプ通話時間。
「こりゃ〜、何時まで経っても終わんねなぁ・・・」
「夜も更けたし、ここいら辺で」
と云ってから、まだしばらく続いた。

首都圏、ベトナム、ど田舎の4箇所を結ぶ”会議”が延々と。
課題の議題は最初にきっちり話し合い、その後、よもやま話に花が咲く。
PCをツールに使っているので会議は会話だけではない。
オッサン達、話をしながらキーボードはしっかり叩いている。

「オウッ、ここにも有ったぞ」
見つけたページは片っ端からメールで飛ばす、
ウンッ・・・、ベトナムへはメール着信まで5分の時間差が?
番組に出ていた現役日大生のブログも見つけた。
幻泉館さんのページ、ありがとう。
2チャンネルには「日めくりタイムトラベル」専用の番組スレッドも。

これは農闘委さんだろう  )*^O^*(
 2チャンネル

  メディアで露出していますので今更ですが、習性ですのでマスキングを (笑。

これは理闘委  (~∧~)
 2チャンネル
 上に同じ、ファイル名称が番組経過時間 (笑

経闘委のセンパ〜イ、見られてますよ!
 2チャンネル


途中で 「ゴミ出しに云ってきますので」 と、ベトナム農闘委さんが一時退席。
後ろで子供の元気な泣き声が聞こえている。
夜も更けて子供が?、と思ったのですが時差が2時間あるそうだから向こうは未だゴールデンタイム。
折角ベトナムだから、途中そちらの話題に振る。

「**党の幹部は1000万以上の高級車乗り回して・・・」
「社会の基本構造はワイロと汚職」
「山岳地帯は党公認の密輸で生計を・・・」
「外国資本のハイテク技術は本国へ引き上げ、単純な組み立て工程の産業だけ」

彼の口から聞くその国の話は、辛いものがある。
でも、それも一つの現実だろう。

 


■2007.10.13 night  管理人

陽が出る頃から午後2時ごろまで、庭仕事。
日差しが優しくなってきたので、夏の間、木陰に避難していたクリスマス・ローズを陽の当たる場所に移動。
日記を辿ってみると、昨年はこの作業を11月5日にしているので3週間ばかり早い。
園芸作業は植物の都合でなく、私の体感季節と体調で行っているので、これで良いのだ。
木陰で育てていたポット苗も、薄緑の若葉が元気よく伸びている。

独りの遅い昼食の後、ピンク・フロイドを聴きながらうたた寝。
ピンク・フロイド、訳有って、先日レンタルショップで適当にごっそりレンタル。
聴いてみるとこれは昼寝に良い。
私の音楽の基準は、昼寝に合うかどうかが絶対基準。
合格!

夕方、HPにアクセスすると、またまたカウンターが舞い上がっている。
2〜3日前からアクセス数は落ち着いていたのに、
何故?・・・・。
こんな時のアクセスログ解析サービス。
チェック、チェック。
フムフム・・・・・、ウ〜ンそうか!。

昨日からの、とあるページのリンクからのアクセスが大半。
マルチメディア共産趣味者連合
このサイトのBBS、10月4日の書き込みで番組の紹介があり、サイト管理人が私のURLを12日18時14分に貼って下さっている。
それ以後、ここから数百のアクセスがどんどん供給されている訳だった。

「すんません、私はこのサイトを今まで知りませんでした」
「管理人さん、リンクありがとうございました」

 


■2007.10.11 morning  管理人

101スタジオは大きい、
大きいといっても経験上で比較するものが無いので、あくまで体感的に。
「日めくりタイムトラベル」の収録には、スタジオの1/3程しか使用していない、後はガランドウ。
強烈なライト、クレーンでリモートコントロールするカメラが頭上で動く。、
左右には大きなカメラが2台ずつ4台、ハンディで動き回るカメラさんもいる。

一人なら縮み上がりコチコチ・ガチガチになるのだろうが、
何せこちとらは同じ釜の飯を食った、気心も知れた元全共闘のオヤジ集団なのだ。
この集団、スタジオで誰よりもリラックスし横柄な態度であったと私は思う。
早速、隣の現役日大生集団にガンを飛ばしていた。

 ADさんとの約束を破って、カメラを持ち込んだ悪い奴がいる

「それでは皆さ〜ん、よろしくお願いしま〜す」
スタジオADさんの挨拶が飛ぶ、愚息と同じ年恰好の元気な青年だ。
事前の進行についての説明をしてくださる。
早速、ADさんの言葉尻を捕まえてオヤジの薀蓄が。
オヤジ集団は絶好調なのだ。

「そりゃ〜違うぞ、俺達のはな、いわゆる”学生運動”ではないベ」
「”学内民主化闘争”なの、そこいら辺りをごちゃ混ぜにしないでね」
こちらは優しく云っているつもりなのだが、何せ人相が・・・・。
ADさん、「・・・・・・・、」
可哀そうに、固まっている。

我が集団と既に数ヶ月のお付き合いのディレクターさんが駆け寄ってくる。
「皆さんお手柔らかに」
「今日は日大全共闘の皆さんがお相手ということで、(青年)ADは凄く緊張しているので」
私等とADの間を取り成す、
最後まで、ディレクターには苦労の掛けっぱなしだった。

 


■2007.10.10 night  管理人

「携帯は電源切ってくださ〜い」
「カメラはご遠慮くださ〜い」
「ビデオカメラはダメですよね?」
「勿論!」
「じゃ〜、行きま〜す!」

ADさんに引率されて101スタジオに向かう。
廊下のそこ此処に黒服の人相の悪いのがたむろしている。
向こうも、「横柄な態度の割にはクタビれたオッサン連中だな」という風情で眺めている。
タレントさんの付き人だろうか、表情が無い?
まあ・・・、業務用の顔そのもの。

スタジオの入り口に、テレビでよく見る”ツンク”さんがソファーに。
インタビュアーの大鶴義丹さん、良くしてもらった付き人さんの顔も見える。
大鶴さん、少し緊張気味のよう。
近寄り、「この前はお世話になりました」
彼の顔が明るくなる。
日大の先輩後輩の間柄だから、
一般人とタレントの隔てを越えて親しみを感じた、と言えば横柄か。


サーバーの管理パネルにアクセスした。
残余の容量が2099.4MBとパネルに表示されている。
「確か、サーバーの契約容量は1.5ギガのはずだが?」
サーバー会社のインフォメーションを見に行くと、”ディスク容量の倍増のお知らせ”
余りに嬉しいので絵文字で表現、

(@^▽^@)  (@^▽^@)  (@^▽^@)

2003年9月、ブロバイダーのサービスページを利用し僅か10MBで始めたホームページ。
10MBの増量が有料の月額250円だったので、上限の50MBまで増量し、月額1000円の負担に。
思い切って、昨年の1月にサーバーをレンタル、容量1ギガでリ・スタート。
途中、無料の増量サービスで1.5ギガに。
今回、それが倍増で3ギガになった。

この丸4年で、10MBから3000MBの容量確保、300倍だもな・・・・・、
イヤハヤ、オヤジは驚くばかり。

 


■2007.10.09 morningU  管理人

新宿から原宿まで20名ほど、何度も人混みのなかで集団がバラけそうになる。
「こんなんじゃ、目印に(赤)旗でも持ってくりゃ良かったな」
「ヘルメットなら持ってきてるぞ」
仲間のバッグが大きく膨れ上がっている。
「ディレクターさんに当時のモノホンの奴を頼まれたから」

放送センターの玄関に入ると、あの可愛いADさんがお出迎え。
個人収録組みの皆の顔が一様に崩れる。
「あの時はお世話になりました」
「こちらこそ、本当にお世話になりました」
皆に、この方が話題のADさんだと、自慢げに紹介。

「今から控え室にご案内しま〜す」
迷路のような局内を移動。
一説によると、この建物の構造には訳があるらしい。
クーデターが起こると、真っ先に狙われるのは国営放送。
迷路構造は少しでも時間を稼ぐ、と言うわけだ。
一人で帰れと言われても、玄関まで行き着けないだろうと思う。
でも、クーデター説は、本当かな?

途中の控え室には、よく知ったタレントの名札がぶら下がっている。
「フムフム、ウ〜ン」
田舎者は唯々、キョロキョロするばかり。
私たちの控え室は会議テーブルに椅子のみ、タレントのそれとは違う。
ここで、ワイワイガヤガヤと決起集会。


■2007.10.09 morning  管理人

少し遅れてHPへのアクセスが急増した。
何せ業界では珍しい3時間番組、間にコマーシャルも入らない正味3時間。
(収録5時間の間も、トイレ休憩10分だけだった)
多分、録画して後で観られる視聴者が多いのでは、
それが時間差の反応に出てきているのでは。

NHKのコールセンターは土日・休日が休みだそうだ。
あの流れの番組だと、多いのは抗議のクレームだろう。
「何だあの番組は、お上に楯突いた不法者をあのように扱うとは、けしからん!」
この手が圧倒的多数派だろう。
別にクレームを期待しているわけではないが、
長い年月で被虐的性根が強まっている訳で・・・・・。

昨晩、携帯が鳴る、仲間からだ。
「スカイプで会議をやろうよ」
「ヘェ〜、会議が出来るの」
三人で一時間ほど話をしていたら、
「少し待ってね、今ね、ベトナムの仲間が入りたいって掛かっているよ」

「始めまして、ベトナム在住の農闘委です」
「始めまして、HPの管理人です」
「管理人さんですか、HPはこちらでも観ています、世界的ですよ(笑」
「エッ・・ベトナムでも日本語で観れるんですか」
思わず、ど素人の質問を発してしまった。

長男坊からのお下がりの2.8ギガマシーンはさすが、オッサン達のワイワイガヤガヤの音声が途切れることがない。
WEBカメラを付けたらという私の提案は、
「エッ・・・、お互いの顔を今更見るの?!」
この一声であえ無く却下。

スカイプを切断して会話時間を見たら1時間33分4秒。
首都圏、ベトナム、我がど田舎の3箇所を結んで会議は弾んだ。




■2007.10.07 midnight  管理人

長男から貰ったPCの再セットアップに時間を費やす。
2003年の製品で、2004年の購入、実質1年程しか使っていないので物は新品同様、
でもWin-XPはSP1のまま。
SP2へのバージョンアップと周辺機器のセットアップでほぼ半日費やす。
購入当時としては最速2.8ギガCPUマシン、今使っているPCが1ギガだから早い部類に入るだろう。

速度が2.8倍、メモリーが1.5倍になったので、以前やってたスカイプを再度セットアップ。
以前のスカイプ名は失念したので、新たな登録し、既に始めている仲間とテスト交信。
会話も途切れることなく、これなら問題無い、
WEBカメラもチャレンジしてみようかと思う。
しかし・・・、何時も私は就寝が早いので、話し相手がいるかどうか?

今日、ホームページへの一日のアクセス数が新記録を出した。




■2007.10.07 night  管理人

掲示板でご指摘いただいた”気抜け”も、さもありなんと甘受する。
”日大全共闘”というコアな響き、
”日大全共闘”という幻の伝説、
それを神聖で冒さざるべき至上とする御仁からは、
軟弱極まりないとの指摘も当然。

以前、管制塔カンパ達成の祝賀パーティーに招かれ、はるばる参じた。
元日大全共闘という振りで紹介され、挨拶を求められた。
気持ちでカンパに参加した事を淡々と述べた。
後日、其の時の事を綴っている、とある個人のブログを目ざとく見つけた。
「何だ、ただのオッサンだった」
一言だけむきになって言えば、私はかつてもただの小僧、今もただのオッサンだ。

我が家のオンボロDVDレコーダーでは、等速ダビング。 
3時間のバラエティーなもので、ダビング所要時間は3時間な訳だ。
あくまで”個人”で楽しむ範囲でお皿へのダビングとお断りしておく(汗。
しかし・・・・、3時間は長い。

ページのビデオムービーへアクセスが増え、サーバーに相当の負荷が掛かっているが、
ホームページ自体へのアクセスは倍増程度、思ったほどではない。
予想のつけようが無かったのだが、インフォーメーション窓口も開店休業に近い。
予想通りなのは、我が老体の疲れだ。




■2007.10.06 morning  管理人

「昔の彼女をネタに使って、このヤロー・・・・・」
数人からですが、抗議が舞い込んでいます、そしりを受けるのは想定範囲でしたが。
再会の場はまさに青春映画・・・、違うな、メロドラマの場面設定でしたので、
この流れ、仲間内からも誤解を受けるのは当然。

再会してその後向かったのは、新宿の仲間の集う店。
「お銀さん、連れてきたよ」
一斉に皆から好奇の眼差しが刺さったのは当然。
「お銀言ってやれよ、俺たちゃ〜はそういう仲じゃ無いって」

「嫌だよ〜、アタイとコイツはそんなんじゃ無いってば」
お銀は笑い転げながら、明確に宣言してくれた。
言っておくが、事前の打ち合わせはしていない。
それでも、疑いの眼差しは若干残っていたが。

「桃井の後さ、○○さんを頼って札幌に、二年ばかり向こうに居たかな」
どうも彼女にも、桃井症候群の放浪癖が感染していたようだ。
「札幌ではね、**さんにもお世話に成ったよ」
「お銀、**さんって・・・、それって医学生の**さんだよね」

**くん事は今年の3月23日の日記にも少し書いてある。
「お銀、知ってるか?、**さん、向こうで開業してるよ」
「未だに”家庭訪問”があるらしいけどね」
「二人とも今じゃ”ブルジョア”だ」
「そうだ、今から携帯してみよう」

早速○○に電話した。
「テメエ、金には困ってないんだろう」
「お銀に、早急に札幌往復エアーチケット、豪華ホテルの宿泊チケットを送ってくる事を断固要求する」
「要求に応じない場合は、ゲバルドで対応する」

妥結するのか、赤ヘル同士の内ゲバになるのか・・・・、
こちとら日大全共闘だ、大菩薩峠でもビビらねえぞ。




■2007.10.05 morning  管理人

昨日が疲れのピーク、勤務中に欠伸が止まらない。
山積みの書類が手付かずで崩れそう。
ふと気がついたら、ぶら下がっていた銀杏が無くなっている。
忙しくしている間に秋は深まってゆく。

「テメエ!、オイラの免許証で借りたレンタカーで検問突っ切るから・・・」
「オイラ、エライ迷惑こうむったんだよな!」
「そうか、そんな事も有ったよな」
「あれから、公安の家庭訪問がず〜っと続いたんだぞ!」
「ワハッハッハッ・・・・・・」

これが見舞いに行った者と、見舞われた者との会話なのか、
湿っぽい雰囲気は微塵もない会話が続く。
間合いに、看病のゼロ年生のグチが割って入ってくる。
「いいよな〜、先輩達はそんな楽しい思い出が一杯あって」

見舞いの花束も金品もない、
慰めも励ましもない、
ただ、かつての話題で瞬く間に時間が過ぎてゆく。
時計を見ると、帰り便の時間が近づいている。

見舞いに行く前、会長さんと打ち合わせていた。
「体力ないから、1時間が限度だな」
「それ以上は、アイツに無理が掛かるからな」
でも時計はとっくに2時間は過ぎていた。

体に巻きつけた管を捌いてベッドから起き上がろうとする。
どうしてもオイラ達を見送るという。
「これ位、どうってことはないさ」
「じゃ、エレベーターまでだよ」

エレベーターの前で一言、
「じゃあな・・・・」
「またな!」
ドアが閉まると、堪えていた涙が溢れてきた。




■2007.10.04 night  管理人

「先輩、ボクはてっきり赤ヘルかと思っていました」
「ニャロ〜、そんな訳ねえじゃないか!」
「オイラは赤ヘル趣味者だったの」
「・・・・・・・!!」

Mくんの病室に入ると、風体の悪いオッサンが椅子に鎮座している。
「オマエ、何時からここに居るんだ?」
「前の手術の時からズ〜ット!!」
「前の手術の時から??」
「ズ〜ット云ったって・・・・・??」

Mくんの見舞いをそっちのけに、病室に居た”ゼロ年生”の学科の後輩とやり取り。
ゼロ年生とは、’68年に日大に入学いていなかった2年後輩。
「僕ら、本当に辛かったですよ、先輩達に美味しいところ全部取られて」
そのせいでかどうか、35歳まで赤ヘル被り続けていたという。
「悪いな、でもオイラ達のせいじゃ無いしな」

後輩は、Mくんの一度目の手術の時以来、近くの道の駅で車で寝泊り。
離れず、付き切りで看病していたと云う。
話を聞くうち、堪え切れず後ろを向いた。
歳のせいで、瞬く間に目が充血、みっともない展開になってしまった。

見舞いの別れ際、
玄関まで見送ってくれた後輩の肩をしっかり掴み、手を握った。
「有難うよ、俺がしなきゃいけないのに・・・・」
後は言葉にならなかった。




■2007.10.04 morning  管理人

一昨日より昨日が、昨日より今日、
歳のせいだろう、日が経つにつれて疲れが増してくる。
一番便で飛び、丸三日間、日中は歩き回り、夜は日付が変わるまで飲み歓談した。
気持ちは100パーセント”ハイ”だった訳だ。
当然、今は揺り戻し状態。

渋谷駅へは赤坂見附で乗り換えで、不慣れな銀座線で着いた。
目的地までたどり着くのに難渋、今更田舎者を実感。
ハチ公は小雨に濡れ、周りに人影は疎ら。
約束より少し早かったので、喫煙所の前で傘をさして暫く立っていた。

実は、喫煙所前に立つ前に、そこで一服している女性と視線が一瞬合っていた。
2〜3分ほど経ってだろうか、背後から私の名を呼ぶ声。
「**さんだろう?、アタシ、お銀よ」
振り向くが、女性には全く見覚えが無い。

私は頭頂ハゲだ、
前からそれは殆ど分からない、
対面だと、ロマンスグレーの味わいあるヘアーだ(と勝手に思っている)。
後ろに回れば、頭に寂しい”満月”が出ている。
そぼろ降る小雨、ハチ公前、35年振り・・・・・、状況設定は最高だったのに、
背後からの再会、これだけは避けたい最悪の結果だった(泣。

「テメー・・・、変わったな!」
「**さん、アナタ少しも変わんないよ!」
お世辞でも何でもいい、
変わっていないといいう言葉を、
断固、100パーセント良い方に解釈しようと思う。




■2007.10.02 morning  管理人

当然・・・・・、
今朝は、体力的に腑抜け状態。
歳だから、
リカバリーには数日が必要。



数日居ない間に、秋明菊が咲き始めていた。





■2007.10.01 morning  管理人

「日大930の会」同窓会より初めて告知がされました。
放送予定も一週間を切っての告知となります。
「日大930の会」に収録協力の依頼が舞い込んだのは数ヶ月前の事ですが、
ぎりぎりまで、告知についてはブラインドに徹してきました。

あれから40年近く経ってはいますが、
正直、公共の電波で、私たち”鬼っこ”を取り扱うのはタブーでないかと、
当人の私たちの”ひがみ”も有りました。
番組の制作を何時潰されるかという懸念は、放送局よりもこちらの方にあったのが本音です。

この数ヶ月、
「日大930の会」同窓会の各員は、老体に鞭打つ状況でした。
同窓会内のコンセンサスの形成、
製作意図について放送局と何度も話をさせていただきました。
出演者の人選、炎天下の収録。

放送局の皆さんの頭の下がる努力、
黒子に徹し、日夜調整に労した「日大930の会」世話人。
同窓会各員の奮闘、
ある意味、”リスク”を覚悟で実名を晒す事になった仲間。
皆の思いが一つ方向を向くことができました。
皆の思いをこの一点に込めました。

〜電波で、私たちの1968年を伝えたい〜




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