■2011.07.29 morning
管理人
夏休みに入り、通勤のJRは快適そのもの。
休みで車内が空いてるのは当然だが、単に空いているからだけではない。
爽やかなトレーニングウエアーの生徒、
ブラスバンドのクラブだろうか、大きな楽器を抱えた生徒、
夏季補習だろう、参考書とにらめっこしている生徒。
当然だが、この子らは車内マナーは格段に良い。
一人で三人分の座席を占有するような、周りへの配慮のかけら一片も無い悪ガキは居ないし、
タヌキのような化粧の濃い子もいないし、
私のかつてのイメージに残る高校生ばかりなのだ。
オジさん、自然に笑顔になるのだ。
ところで大震災で”異変”が起こっていると云う。
続く余震で、三陸沖のカニが北へ移動しているらしい。
北海道沖で、季節外れの毛蟹の大漁が続いているらしい。
それが北海道の市場に格安で出回っていると云う。
全て”二次情報”で真偽の程は定かでないが。

先日、季節外れの送り物が札幌の悪友から我が家に届いた。
理由は前段に述べた事情で格安に手に入れた物のお裾分けだそうだ。
季節外れの送り物が届いたので、悪友の云う二次情報もまんざらデマではないのかも。
情報の真偽は別として、有り難いことだ。
届いた二杯のうち一杯は長男に残し、一杯を妻と二人で有り難く御馳走になった。
■2011.07.28 morning
管理人
一重の皺(シワ)が入り始めたのが4〜5年前。
それが、昨年の暮れ頃、二重になって、瞬く間に三重、四重に。
瞼ではない、出腹の話し。
今では下を向くのが億劫なこと。
昨年7月末で現役をリタイアして、一番先に考えたことは、それまでのデスクワークでなまった体を引き締める事。
既に一重から二重腹に成りかけていた我が出腹には大きな危機感を持っていた、 リタイアを期に、久しく中断していたスイミングを再開し、合わせてイタ車の自転車も始めた。
結果、一月も経つと、体は金剛色に、出腹も少しは引き締まってきた。
これで・・・・、 腹筋に縦皺が入るのも時間の問題だと思っていたのだが・・・・・、 その後の予期せぬ生活の変化で、皺は縦でなく横に、しかも何重にも入ってしまう事態に。

近場、遠場も含めて週に2〜3回のペースで断続的に続く出張&会議。 会議には懇親会が伴うこともしばしば。 運動不足と食事の偏りで、ウエスト周りの膨張が止まらない。
おまけに、ちょっとしたことで疲れやすい。 先達ての検診ではイエローカードを何枚も貰ってしまった。 現状は昨年の今頃考えていた健康でマイペースな老後とは大きくかけ離れてきている。 再就職の仕事はそれなりに面白く、幸いな事にストレスも殆ど無い。
それに前職場のそれとは比ぶべくもないのだが、それでも60歳オーバーのリタイア・ポンコツ年寄りの再就職にしては勿体ない収入もあり、感謝に有余る。 当初想定していた、贅沢さえしなければ
制約無しの自由気ままなマイペースの老後と、 生活ペースに制約有り、仕事それなり、収入それなりの現状とを天秤にかけてみた。 天秤の両方が全部叶えられば最高だが、それは贅沢というもの、何れかを選択と言えば今は後者になっている。
現役時代のように、子育て、教育、住宅等々の生活に関わる負担ファクターは既にこの老体には無く、その分自由で、自分に素直な選択だと思っている。 でもその選択の結果が出腹、皺を何重にも入れるハメに。 私は不器用だから、
仕事に集中すればそればっかり、 体力、健康づくりに励めばそればっかり、 今更だが、雑誌に出てくるようなカッコ良いバランスのとれた生活ってのは苦手なのだ。
しかし・・・・・、 何とかせねばヤバイのだ。
■2011.07.18 night
管理人 云っとくが家庭環境が良かった(と思う)私は、1968年7月までは田舎出の小奇麗で清潔な真面目な学生だった。 これはあくまで私個人の経験だったが、
バリケード生活ってのは基本的に風呂に入ることは滅多に無かった。 60歳を超えると代謝も衰え、仕事柄汗をかくことも殆ど無く、少しくらい風呂に入らなくても大丈夫だが、あの当時は19歳。
近寄れないぐらい汗臭く、薄汚れていたはずだ。 忘れもしない1968年7月8日、バリケード構築の初日から泊り込みに入った。 何か・・・、こう・・・、 右翼が襲ってくるかもしれないという緊張感と、 夜を徹してバリケードを組み上げる作業、 それまで体験したことのない連帯感。 ひんしゅくを買うのは覚悟の上だが、 バリケードはお祭り騒ぎみたいで、気分はいいようの無い高揚感で充ちていた。 それから何日後だったか、さすがに着替えと風呂に入るために桜上水の下宿に一旦戻った。 親の手前、帰省したのは8月に入ってからだったが、記憶の範囲では一時下宿に戻った以降、帰省までは風呂に入った記憶が無い。 当時、デモをしていて機動隊とぶつかる。 隊列は崩れ、機動隊に追いかけられ、ヘルメットを脱ぎ捨て、道路脇や歩道の群衆の中に逃げ込む。 それを追ってきた機動隊は、私服(警官)の助けを借りなくても簡単にヤジ馬とゲバ学生を見分けることが出来た。 答えは簡単、それらしき学生を見つけると、襟口を掴みひっくり返す。 ゲバ学生の襟口は例外なく薄汚れている。 昨日今日の汚れではない、染みついた汚れにそまっている。 機動隊はそれを確認すると、そのままヤジ馬の中から掴み出して”検挙”なのだ。 私の場合は、ヘルメットにタオル覆面、軍手、おまけに右手にゲバ棒、完璧充分なスタイルで馬乗りされたから、このような面倒な確認作業は無かったが。

先の日記にコロンの記憶を書いた。 高校時代はバイタリスというリキッド、大学に入ってMG5という男性用化粧品に変えた。 トニックとリキッドは爽やかなライムの香りだったと憶えている。 そして200余日のバリケード生活と、長い敗退戦の末に女性用オーデ・コロンに行き着いてしまった。 爽やかな柑橘系ではなく、切なく甘いバヒュームの香り。 その頃だったか、それともそれからかなり後のことだったか、 世にフラワームーブメントという”風俗”が広まった。
単ゲバ派だったのでそれを”軟弱”と忌み嫌い、ただ反戦歌を歌うだけ、ゲバ棒を花に持ち替えることなどよしとしなかったが、威勢を張る精神構造とは裏腹に、切なく甘いバヒュームに傾く心は、自覚以上にメゲていたのだろうと思う。
■2011.07.16 night
管理人
ふと、あの時代の記憶が頭をよぎった。 珍しく週末の街をブラブラして帰路のJRに飛び乗った。 発車間際、空いてる席がなかなか見当たらない。 やっと女子高校生の一群の間に一人分だけスペースを見つけた。 座って一息つくと、エアコンの涼しい風と共に僅かだがコロンのほのかな香りが隣から漂ってくる。 決してバリケードの頃ではない。 一号館バリケードを追い出され、中大から明大へと学館をジプシーし、ついに宿なしになった頃。 中央沿線の近くに住んでいた薬学科のシンパの女子とグループで高円寺駅近くのスナックによく行った。 ジュークボックスが置いてあり、壁に定番の白いギターが掛けてある当時の典型的なスナックのアレだ。
薬学科にはお金持ちのお嬢様が多い、お金を出して貰ったことも多々あった。 その中で、マドンナだったか誰だったかは忘れたが、「琴」という資生堂のコロンをつけている子がいた。 好奇心で私もその子にそのコロンをつけてもらった。 切なくなるような甘い香りだったと憶えている、敗退戦で荒んだ心に一服の優しい香りだった。 直ぐにデパートの化粧品売り場で自分用を買い求めた、女性用のコロンをつけるのに何故か抵抗は無かった。
今も有るらしい、私の記憶では容器は当時は円筒形だったはず 今、ネットの後ろで、法学部の先輩のアイビーファッションが話題になっているが、 その頃の私のファッションを思い出してみた。 まず、肩まで伸ばした長髪、 新宿紀伊国屋の二階にあったメガネ屋で買った金色縁の丸い眼鏡、そうジョン・レノンのあれ。 スリムの黒のビッグジョン、ウエストは27インチだった。 靴はハッシュパピーのデザートブーツ、デモの時は脱げないようにきつく縛った。 肩にはヘルメットが入るナップサック。 上は何を着ていたのか、記憶は無い。 それにファッションと言えるかどうか分からないが、「琴」のコロンをまとった。 あの頃、金色縁の眼鏡とコロンはバリケード生活の反動だったのかもしれない。
■2011.07.14 night
管理人
今週明けに課題を抱えた理事会を控えていたもので、出張帰りの翌日から仕事だった。 それを何とか水曜日に乗り切った。 ”観光”も少し挟んだ出張日程だったが、先週はゆっくり出来る土日が無かった訳で、課題が終われば当然に緊張感が切れて、今日は休み。 早朝は草木の手入れ、主夫なもので、午前中は土日にこなすノルマの洗濯に励んでいた。 何度も云う、主夫なもので。
早朝、庭で珈琲してたら・・・・
昼からは独りでショッピングセンターへ。 クールビズのウエアーを物色、と云ってもポロシャツなのだが。 それからレンタルショップへ。 DVDとCDをレンタル。 帰って夕方、 台所をピカピカに磨き上げ、部屋の隅々まで掃除。 それから、シーツ類の取り替え。 乾いた洗濯物をたたみ、整理タンス、クローゼットに。 衣類はキッチリたたまないと納得できない性格ななもので、これにタップリ2時間程。 何度も云うが、真面目な主夫なもので。
 レンタルしてきたDVDは「記憶の棘」 お気に入りのブログで紹介されていたので観てみようと思ったが・・・・、 真面目な主夫業が忙しくて、結局、DVD観賞は連休にお預け。 CDはmy
favorite songsで今日、かかっている奴。
■2011.07.13 night
管理人
ホッッッ・・・・・、 細かな事はさて置いて、 取り合えず支持表明しといて良かった。
しかしだ・・・・、 何処か、一つくらいは擁護するマス・メディアが出てきても良いと思うのだが。 この国のマスコミは・・・・、 金にまみれ、芯から腐りきっている。 お前らクソだ。
こうなれば、 消・さ・れ・る・な・よ・な! カン。
■2011.07.09 morning
管理人 私は難しい事は書けないから私流に。 元々は権力に対する想像を超えた執着心だったと思うが、
彼は長期のスパンで物事を組み立てできないと云われている、これが今回、意図していなかった意外な方向に働いたのではないか。 居座ってみて、少しでも居座れ続けることが出来る自分の立位置を考えたと思う、ここいらが二世、三世上りとは当然に違うところ。
思うに彼は、元々、それほど確信的な脱(反)原発主義者ではないと思う。 目立ち屋的発想、政策の差別化、一発逆転も含めて浜岡原発一時停止をかました。
ここいら辺りは、私等サロンの”目だって何ぼ”の市民運動の路線と似通っている(笑。 これが意外と受けることに手応えを感じたに違いない。
メディア総掛かりのバッシングの後ろに、彼は彼を支持する隠れた世論を見たに違いない。 それは既存メディアが徹底して無視してきているものだと思う。
それが見えたのだと思う。 これに己の延命、延命は出来なくても歴史に己が名前を残せるかもしれない可能性を見出したのだろう。  
そこでハタと考えた。 閣僚、官僚、行政府は全て原発温存、又は推進派、 これは私の政権内の根回しではでは到底無理だ。 政権内で無理なら、首相個人として独断でやればいい、
どう云われようが取り合えず最高権力者なのだから、要は、言ってしまえば勝ちなのだ、野党も含め地団駄踏んでいるのはそういうことだ。 これは彼のキャラからしてもさして難しいことではない。
多分、彼は当分の間、この個人プレーに己の活路を見出していくと思う。 只、この後、彼の心変わりの他にも憂うことが有る。 安保に反した総理は全て引き摺り下ろされた。
憶測だが、それは常に、後ろで米国が暗躍し、権益だけでなく存在自体を危うくする駆け引きが有ったのではないかと考えている。 原発ではどうだろうか。
今もだが、今後、日本を実効支配している有りと有らゆる勢力が総掛かりで彼を潰しに掛かるだろう。 こうなれば、司法も、極論すればSPも敵と考えなければならない。
物理的抹殺も含めてだ。 残念だが、日本は決して民主主義の国ではない、 これは私等が経験した1968年のあの時代から決して変わっていない。
何か有ったら・・・・・・・・、 そう云う事だ。
■2011.07.08 night
管理人 去年、サロンで此処に来た。 チビチリ、シムクガマ、読谷村の金城さんとこも。 辺野古、嘉手納、普天間、嘉数台地、佐喜眞美術館、伊江島、それに喜屋武岬も・・・・、
まあ、強烈に濃かった訳で。 という訳で、今回はフツ〜の観光客の行くところへ。 
さんぴん茶にお菓子で一服、綺麗なお姉さんの解説付だった  マンゴージュースと、隣の一枚は下に言い訳付
食い物編にプラス1枚。 もう既に誤解していると思うが、一様、言い訳を加えておく。 市場をブラブラしていたら、少し向こうで突然踊りが始まった。
それは賑やか。 急いでカメラを取り出しシャッターを。 押した瞬間、綺麗なお姉さんが不意(幸運)にフレームに入ってきた訳だ。 いいか!、
そういうことなのだ。 しかし、世の中ちゃんとバランスが取れている。 この後、スコールで濡れ鼠になる。
■2011.07.07 night
管理人 
この街は風が優しい。 ところで、 国営放送が今夜のニュースでこう云った。 「電力会社は、世論はどうにでも(操作)できると思っているのか」
ぬかせ! そういうお前ら(マスコミ)が一番やっているではないか!
■2011.07.06 night
管理人 やるじゃないか! 何と言われようが、粘れ、居座れ、 カン。 明日から週末まで出張。 今度はミニノート持参です。
行く先は既に梅雨明けしてるそうです。 太陽一杯浴びてきますので。
■2011.07.02 night
管理人
最高!
右上のプレヤーOFF → してGO!
■2011.07.01 morning
管理人 今日から七月、早、一年の半分が過ぎてしまいました。 もう直ぐセミが鳴き出します、 夏と言えば、日本人にはあの米英に負けた季節というのが定番ですが、
こと私には、二十歳の”バリケードの季節”のあの夏が全てです(笑。 ここのところ更新を怠っていますが、 久し振りにmovieページに動画を加えました。
今年の3月28日に行われたグループびじょん上映会で、トークセッションが持たれています。 このHPで多数の写真を使わさせて頂いている佐々木美智子さんも参加されています。
あの「死者よ来りて我が退路を断て」の撮影秘話などが語られています。 グループびじょんの関係者と思われる方がYouYubeにその記録を公開されていましたので、
私のHPに勝手に”転写”させていただきました。 まだご覧になっていない方は是非ご視聴ください。 尚、本家のYouTubeではHDの高画質版も公開されています、
私の方は「永久保存版」という割り切りをしていますので、そちらを観た方が格段に綺麗です。 |