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■2017.03.28  morning  管理人

今日はこども食堂の第二回目。
前回は広報告知が出来てなく母子二組の参加だったが、一方、迎える方は記者を除くと十二名、牧師夫妻を除いても十名のスタッフ。
参加者が二組だから、準備や後かたずけを除けば大半が手持無沙汰だった。
そんな時はスタッフ同士が四方山話で懇談すればいいと考えた。

今般の教会でのこども食堂、牧師夫妻の熱意によるものだがそのベースには教会外の老人が教会で開いているコミュニティーにある。
平均年齢七十近い爺さんが教会に集まりだして二年近くなる。
そのベースは以前活動していた反戦市民団体にあるが、色々あって疎遠になり再び結集したとき、「コアな今までの反戦活動からは少し腰を引き、色んなことを語れる茶話会にしよう」との暗黙の了解があったと私は受け止めている。
その象徴が集まりの名称「飲茶の会」、英訳すれば「ティーパーティ」で米国では名だたる保守の集まり。
私等の集まりに対する左右の線引きを揶揄するような名称にしている。

そんな爺さんの集まり、言い換えれば教会の場で開く「高齢者福祉活動」か、児童福祉の「こども食堂」に繋がっているのだと勝手に思っている。
だから先行事例のこども食堂のボランティスタッフと比べたら、こちらはやたらと男性利率が高くなっている。
そんな爺さんが手持無沙汰でウロウロするのはさすがに絵にならないのだ。
そこで考えたのが飲茶の会の原点、「お茶」し、ボランティア自身もその場を楽しむこと。



ボランティ原則は「自己完結」、訪れた先で”ゲスト”でない事。
折角ボランティアに出向き、先に手間や世話を掛けてしまってはボランティアの意味がないと常々思っている。
だからお茶の段取り、準備、機材一式、全て持ち込むようにしセルフ方式とした。
自家発電機も持ち込もうかと考えたがこれはさすがにと考え(笑)、教会でお世話になるのはコーヒーメーカーに供給される電気だけにした。

人の集まりは飲食を伴うと自然と和む。
こどもが同士、こどもと大人が、一緒に食事することで場が和み優しい人の関係が生まれる。
飲茶の会は大人同士がお茶(珈琲)で和み、その集まりが緩く長く続いている。
ボランティアスタッフの中にもそんな緩く暖かい関係が築けるよう祈ろう。





■2017.03.27  morning  管理人

こども食堂を開いた翌日の日曜朝刊、早速、地元紙は記事として取り上げてくれた。
「当日は忙しいでしょうから事前取材に来ました」
実は地元紙、前日の金曜日にも訪れており、教会で開くこども食堂の主旨を牧師夫妻から詳細に取材していた。
だから掲載記事、牧師や信者さん、それに私等の意図するところと寸分違っていなかった。
一定の既成団体が関与し組織動員が可能な取り組みと違い私等は素人集団、マスコミに頼るほかは有効な広報告知の術が余りない訳で、記事の掲載は有り難い限りだった。

朝日新聞は地方紙より一日遅れ、今朝の朝刊地方欄に記事が掲載されていた。
紙面の都合もあるのだろう、扱いは地方紙のそれよりも小さいながら教会での開催主旨はきちんと押さえ簡潔な記事。
発行部数を地方紙と比ぶると何十分の一だから、その影響力は部数に比して少ないだろうがそれでも有り難い。



一方、読売新聞は昨年事故で亡くなった故人を語る会などで懇意な記者さんだったが、
「取材させていただきましたが、記事として取り上げるかどうかははっきりしていません」と。
新聞の性格もあるのだろう、言い換えれば記事として取り上げない可能性を示唆されているので余り期待していない。

取材に来てくれたもう一紙、毎日新聞だが。
「記事見て・・・・、先程、参加された母子のところへお詫びに伺ってました」
牧師様が困惑し電話してきた。

私は毎日新聞を見てないのだが、
「私の取材への受け答えが不十分だったのでしょう」
「こども食堂開催の主旨、困窮した方への食事提供という一点でしか紹介してなく」
「記事に添えられた写真の母子、読者には(経済的)困窮者と受け止められかねないので」
記事には昨日貼り付けた地元紙とほぼ同じ構図の写真が付いていたそう。

牧師様を敢えてフォローするならば、牧師様は各紙記者の取材に同じように答えたはず。
私に言わせれば記者の取材力の差、有体に言えば他者の言葉を聞き取る力の差、更に言い及ぶならば個別記者のその事案への問題意識の差だろうと思う。
牧師様、他紙の記事をして決してあなたの対応不足ではないはずですから。

改めて書くが、良くも悪くも人には色んな事情がある、私等のこども食堂は対象を一つの事情で括るつもりはない。
牧師の奥様は食材を頂いたフードバンク責任者から貴重なアドバイスを幾つか頂いている。
子供の目線で接すること、参加者の匿名性は担保すること他等々。
特に匿名性については、先行事例では参加者名簿に拘るところがあり、その事に懸念しているとも聞いている。
だから貴重なアドバイスを基に、参加者や私等の胸にぶら下げる名札は「ニックネーム」とし参加者名簿もニックネーム記載に留め、催事保険は参加員数で成立するものに掛けた。

余談の笑い話が。
地元紙と毎日新聞に掲載された写真は同じ構図。
地元紙の写真の横には「牧師夫妻が開催」と大きな見出しが写真のキャプションの如く並んでいる。
「**さん、これ誰がどう見ても(読者は)貴方が牧師だと思いますよ」、と牧師様。
私は信者を飛び越し世間様に牧師デビューした訳だ、

二人で大笑い。





■2017.03.26  morning  管理人

1968年当時、最初からヘルメットを被った訳ではない。
デモをすると周りを固めた機動隊からボコボコに殴られた、私はデモ隊列の外側にいて顔面に鉄亜鈴の入った腕カバーのパンチを受け前歯を二本へし折られた。
いわば自己防衛的に後付けでヘルメットを被りだした。

ヘルメットは学部毎に色分けされ、経済は淡いブルー、法学部は白、農獣医は赤、文理は銀、歯学部は白に赤テープ、理工学部は白に赤のモヒカン、あとの学部がは覚えていない。
ところが被り始めると頭部の防衛という意味合いの他に、別の意味が芽生えてきた。
それは”覚悟”という決意。
履歴的かつ身体的損傷も辞さず行動するという”覚悟”、それがヘルメットを被ると心にバシッと決まる。
まさにヘルメットは決意と主体性の具現であった訳で、そういう意味では決して禿げ頭を隠すため被った訳ではないが、今般のバンダナはまさに隠すために着用している。



匿名の為、記事が虫食い状態なのはご容赦を。

早朝、何時ものように珈琲すすりながら新聞を開いた。
全国紙地方版に目を通す、昨日の取材記事を見回したが無い。
続いて地方紙、三面の社会面には無い。
ページをめくり地域ニュース面、予想通りバンダナ頭の爺さんが載ってる。
長年広報業務に携わってきた経験上、母子と爺さんのショットはアンバランスで好対照ゆえに絵になるはずだと思っていた。
記者と私の思いは同じだったようだ。

しかし妻、
「大丈夫、この写真では誰も貴方とは分からないと思いますよ」
やっぱり私は禿げ頭で写らないとダメらしい。
この一言にガックリなのだ





■2017.03.25  night  管理人

帰り際、「さあ、今日の事どう描くか楽しみです」と背後から。
日記の更新が滞りのこの頃、強烈なプレッシャーを牧師様から頂いた。

いわゆるこども食堂、牧師夫妻は先日の信者総会で春休み中週二回開催で了承を受けている。
それからがドタバタ、春休みまで兎に角時間がなかった。
社会福祉協議会の地区担当者を通じ地区内小学校に開催案内チラシをお願いすることにしたが、
社協の担当、「春休みは目前で間に合わないという事で、学校を通じての児童家庭への通知は断られました」

地区町内会に開催の回覧をお願いした。
月末に配布される市の広報と一緒に案内チラシを配ってもいいと快諾を受けたが・・・、月末はまだ一週間近く先。
それで今日から春休み、
「今日のメニューはカレーにサラダ、多分・・・・、いや確実に子供さん抜きで皆さんだけのランチパーティになると思います」と今朝のミーティング。
「私等の開くこども食堂は”数”を集めるのが目的ではないですので・・・・」
取り組みを進めるうえで”開き直り”も時としては必要という事だ。
結局、地域に何の広報・告知もなくこども食堂開催を今日決行。



教会には善意の献品が、お米は馴染みのフードバンクから頂きました。

開催の11時に、子供は来ることはないだろうとタカを括っていると、子供でなく新聞記者が。
最初は地方紙の記者、続いて朝日、毎日、読売となんと四社も
牧師様、「事前の広報告知は出来なかったけど、マスコミには一様連絡してましたが」
「まさか、連絡入れた全社が来るとは・・・・・」
そうしている内に社協の地区担当者も。
こども食堂、私等が考えている以上に世の関心事だという事を改めて知った。

それで信者さん、ボランティア、記者さん、社協担当者と員数は16名に膨れ上がった。
これは結構なランチパーティーになると諦めかけた矢先。
ベビーカーをついた母子が、続いてもう一組母子が。
一組は教会の前に掲示していたポスターを見て、もう一組は牧師の奥様が街で声掛けした方だという。

それからのマスコミ四社の取材攻勢はすざまじかった。
頭にバンダナ巻き、エピロン姿の爺さんはマスコミにとって好ましい被写体と思ったのだろう、
「済みません、子供と一緒のところ写真撮らせてください」
「いいですよ、この年寄りは何処に露出しようと全く問題ありませんが」
「でもお母さんやお子さんは写真撮影の了解取ってからにしてくださいね」

写真撮影の了解が取れたようで、四社の記者は私と母子のスリーショットをストロバ焚いてバシャバシャ連写。
いや〜、ワタシャ〜人生でこれほどストロボ浴びたのは後にも先にも今回が初めて。
それで今回上機嫌なのには訳がある。
最初に「頭にバンダナ巻いて」と書いたが、それは「ハゲ頭が写真に写らないという事」
写真撮られて、これほどの好条件は又とないのだ(大笑。

そういうことでマスコミの注目を浴びたのは予想外だったが、
何度も言い及ぶが、私等のこども食堂は”数”を集めることが目的でないし、
更に誤解を恐れず言い及ぶならば”運動”でもない。
正直にたった二組の母子の参加だったが、帰り際に両方のお母さん「楽しかったです、また来てもいいですか?」、と(涙。
数でないこと、そのことははっきり言っておく。

それと意外な事が、
今日、マスコミ四社と社協担当者がこども食堂を訪れたと書いたが、
取材の中、地元紙と社協の担当者が「飲茶の会」に興味を持ったようで、次回の飲茶の会に取材に来るという。
子供の貧困、児童福祉は喫緊の社会的課題だが、増大する高齢者もそれに比する社会の課題の様だ。





■2017.03.19  morning  管理人

「だって、共産党は僕らの本家ですもの」
かつて、サロンの席で長老が私に放った一言。
長老は医学生の頃、医学連に属している、医学連といえばブンドの影響力が強かった。
そのブンドは戦後のドタバタを経て日本共産党から離脱した(追放された)グループが出自、元共産党員も多くいたはず。
だから長老が言う御本家という一言も全くもって正しい訳だ。

更に拡大解釈を進めれば、私に深い学問的検証や洞察は無理だが、直感として共産主義の御本家はキリスト教ではないかと常々思っている。
返して、私等はいわゆる黒ヘルと呼ばれる一群で、戦後民主主義のプチブル跳ねっ返りでまことに由緒正しくなく、出自はそれぞれ”個”の個性に還されると思っている。
そんなことをこども食堂の協議の席でつらつら思いながら、牧師様や管理栄養士さんが集めてくれた先発こども食堂のパンフレット類を眺めていてフト思った。

私は三十数年務めた前々職場であらゆる仕事をしてきた。
営業、企画、広報宣伝、経理、労務管理等々、その中でも広報宣伝は長かった。
その経歴からしてチラシやパンフレット類を見る目はそれなりにプロフェッショナルの自負がある。
パンプレットには開催場所、日時、主旨、主催者、協賛、代表者などの基本情報が。
後日発行された「通信」には開催の詳細な報告、献立、意見、要望、感想、そしてボランティア、食材やカンパ提供者の氏名が克明に記されている。
よくできたパンフだと思った。

そう思った反面、別の思いも出てきた。
パンフはこども食堂を”運動”として不特定多数に強烈にアピールできている、それはそれで素晴らしいのだが、
「なんか、違うのだよなぁ・・・・・」
パンフは事実の範囲で書いているのは疑わないが、その運動としてのアピールが私には”鼻につく”のだ。
長年広報に関わっていた私もかつてこういうパンフレットをひたすら作っていたので。

何かを為すとき、それが公益的かつ社会的な取り組みであればあるほど、主旨を単純分解しその要素を強烈にアピールする。
それが営利を伴わない場合はその免罪符を持ってして、作為的に一を十に倍して表現した。
そういう長年の習性が備わっており、不思議なもので私にはそのアピールの後ろに「特定集団」のしたたかな作為が透けて見える。
その作意が善意かそれとも違うのかは別事として、私には見えてしまう。

私は牧師様、奥様、そして教会が目指すこども食堂はそういうしたたかな”作為”ではなく、慈善と博愛にのみ基づいていると受け止めている。
先にこども食堂を開設した方々の善意は否定しないが、私の思い過ぎかもしれないが先発する幾つかの団体グループにはそのしたたかな作為が見えてしまう。
だから何なのだと言われればそれまでだが。

そんなこんなを頭に巡らしながら私は協議の席でこう言った。
「私は経験上、一を十に、いやいや一を百にアピールする広報のノウハウ持ってますけど」
「こども食堂やっても、その事を世間様に殊更運動として意図的にアピールするのは出来るだけ止めましょうよ」
「私としては教会という場で信者様を中心に、静かに淡々と出来ればと願ってます」

さあ牧師様、あとは教会信者さんを説得するだけですよ
(上から目線で。





■2017.03.18  night  管理人

「こんにちわ!」
「お元気で!」
元気のいい若者の声が聞こえてくる。
その内、我が家のチャイムがピンポーン。

ドアを開けるとジャンパー姿の元気そうな若者が。
胸に広島県の店の名札をぶら下げ、手には桑の葉と説明するティーバッグをぶら下げ笑顔。
訪問販売で回っているという。
異様な元気と笑顔で各戸を回っているようだ。

目付きを見た瞬間、ピンと確信した。
名札を覗き、
「本当にお茶の販売・・・?」
「宗教活動の資金稼ぎじゃないの?」
今時の若者がお茶のティーバッグの各戸訪問販売するなんぞ、カルトでなければブラックでもそんなきつい仕事するはずがないとの確信もある。
「そんなじゃありません、お元気で」と言いながら若者は去ったが、
元はといえば純真な若者だったはず、そのエネルギーの収束はかつての私等を見るようで心が痛む、私の方が「お元気で」と言ってあげたかった。



艇の水洗いを終わり着替えに駐車場に向かうところ、沈起こしで疲れてヘロヘロの68才

懸案のこども食堂だが、
行政や先行団体の反応が凄く、結果的に色んなところから注目を浴びることになっている。
行政の手引に開催場所として「教会やお寺で・・・・云々」と書き出されているように、相談に赴いた行政にとっては飛んで火にいる何とかやだったようだ。
牧師様によると、先日も県の児童福祉の主管課補佐が自ら社会福祉協議会の地区担当者、先行でこども食堂を開催している方を引き連れ教会に押しかけてきていたらしい。

そんな攻勢を受け、一昨日、牧師様と奥様、友人の管理栄養士の四人で協議した。
「直ぐにでもやりたいのはやまやまだが、教会は信者のものでその同意がないと牧師の一存では出来ません」
「信者の同意を得られるよう今努力しているところで、その同意が取れれば、春休みからでも開くつもりです」
牧師様と奥様はそう仰られた。

「牧師様は常々、貧しい者、虐げられた者に救いの手を差し伸べるのはキリスト教の原点だと仰られている」
「その教えに基づき、最も分かり易い、食べられない子に食事をという行為」
「慎重論も含みそれに腰を引く信者さんが居るなんて、私には信じられません」
私は牧師様にそうきつく迫った。

牧師様の奥様、
「そんなんです、信者さん反対している訳ではなく、一教会でそれを担いきれるか力量があるかどうか不安なんですよ」
「その不安を払しょくし、私達はとにかくやってみるところまで持っていくつもりですが」
「**さんもそこまで分かっていらっしゃるなら、いっそ入信して信者になってください」
「信者になって他の信者さんを説得してください」
「何なら今日か明日にでも**さんの受浸(入信の儀式)執り行ってもいいですが・・・・」

最後に牧師様の奥様が聖書を開き貧しい者、虐げられた者に救いの手を差し伸べる一説のページを読み上げてくれ四人の協議を終わった。
きつく迫ったので奥様の相応のリアクション、ヤバかったのだ。





■2017.03.18  morning  管理人

高倉健さんの映画に登場した「風待ち食堂」、映画を観てないので食堂のネーミングの由来は詳しく知らないが鰊漁と関係ありそうだからその昔漁に出る風を待っていたのだろうか想像する。
返して私はここ二週間ほど風(止み)待ち状態だった。
ぶり返した寒気と西高東低の気圧配置は常時風速5〜10m/sec以上の北風や西風を伴う訳で、海上は強風注意報が発令されるが常。
先日、マリーナを訪れた際も大学ヨット部女子が、「15m/secの風でスナイプ艇が完沈、リカバリー出来ず救助艇にレスキューされマリーナまで曳航されました」と話してくれた。
「完沈」とは横転ではなくマストが完全に下向く状態、こうなると強風下では船を起こすことは無理で船に乗っかり漂流するだけになる・・・・、まぁ〜いわゆる遭難状態。

ここの所、毎日天気予報と気象図をにらみながら過ごしていた。
理想的なのは高気圧がどっかりと頭上で、低気圧は遥か彼方に位置し等圧線間隔が広ーく伸びた状態。
風速は0〜3m/sec以内が理想的。
そんな条件、春先の季節としてはかなり無理な話で風(止み)待ちが二週間、一向に風が止む気配はない。
それで痺れを切らし昨日海に出向いていた。

事前の天気予報は晴れ、風は午前九時で6m/sec、正午頃で4m/secの予報。
5m/sec以下で二人分の体重なら何とかなるかなというかなり甘い予測。
途中で友人を拾い九時にマリーナ着、居合わせた大学ヨット部員に愛想振りまき、NPOには菓子折り届け「有事にはレスキュー頼む」とお願いし13年振りに艤装開始。
出来ない場合はNPOのお兄さんに助けてもらおうと思っていたが、
不思議なもので人の名や大事なことは忘れて思い出せないのに艤装の手順だけは自然と手と体が動く。
人は頭でなく体で覚えていることは意外と忘れないものだなと改めて感心。



海から上がり艤装を解き13年ぶりに丁寧に船を洗ってあげました、写真はロープを解いている友人。

それで海は・・・・・・、
ここは余り詳しくレポートしたくない(笑。
午前九時をピークに(風速が)落ちると予報されていた風はますます吹き、海に出た頃風速は強まり7〜8m/secオーバー。
この風速の合理的根拠はNPOのお兄ちゃんが、
「海岸のあの樹の天辺がざわつくと風速は5m/secから10m/sec程ですと言ったことにある。
マリーナから樹がざわついているのが見て取れたし、沖では兎が飛び出している、
風が5m/secを越すと波頭が白く砕け、兎が海面を飛んでいるように見えることからこう表現する。
この状態は紛れもなく上級者コース。

それでも出艇したのだ。
だからいわゆるセーリングのレポートはなし。
ただただ風との格闘と沈の連続。
最初の沈は斜路(岸壁)から5m程のところでラダー(舵)にロープが絡み強風を受けて横転、それ以後の詳細はしない。

一緒した友人、最初は恐怖で顔が引き攣っていたが海から上がると意外にも、
「いや〜最初は怖かったが・・・・、」
「横転しても慌てず船起こしているの見て安心した、楽しかったよ!」
友には最初に怖さを味合わすことになったが、次回は風速0〜0m/sec(笑)、マッタリとタライ船状態が楽しめる「天国」の気象時を選ぼうと思う。

因みにNPO会員で最年長は72才らしいが、彼はシーカヤック乗り。
ちゅうことでディンギー乗りでは私と友が最年長記録を更新した。
どうだ、参ったか!(大笑。





■2017.03.13  morning  管理人

先週七日、教会の構内に入ったところで友の訃報を受けた、しばし車の中で葬儀の事を話した。
受け付けは?
会場整理は?
知らせてくれた友に色々と聞いたが、死亡広告は出さず出来る限り身内の範囲でとの意向らしく私等の入る余地はないと言われた。
後で分かったが、亡き友は葬儀一式全て生前に段取り済ませていた。

私は典型的な癌家系、父母、祖父母、叔父叔母など血縁で繋がる身近な者全てが癌で亡くなっている。
そんな中で兄だけは違い、過労が原因と思われる心筋梗塞で享年56才だった、癌で逝く前に企業戦士として散った訳だ。。
そんな兄は例外とし、私が逝くときは癌か事故死の二つだけだと思っている。
特に前者の場合、余命を宣告されジワジワと寿命を縮めていく確率がほぼ百パーセント。
きつい事だが、今般の友を鑑み己の末期の生き様を改めて考えさせられた。

そんなこんなでその日定例の飲茶の会へ。
今回は牧師様の奥様が一月に及ぶインドネシアの旅から帰国、その話を聞かせて貰った。
その前にテーブルにじゃ〜んとコーヒー缶が。
奥様がインドネシアで買い求めた土産、何でも価格は50gで日本円で5000円程したらしい、100g で一万円のコーヒー豆になる。
因みに、喫茶店では一杯5000円で出すところもあるらしいから超高級珈琲。
牧師様が日田天然水で丁寧に丁寧に淹れて下さり皆で味わった。



奥様は渦中の故人と同じ日にクアラルンプール空港に着き、渦中の事件の翌日、渦中の人が事件に遭った同じ発券機でインドネシアへ出国したそう。
犯人とされる一人がインドネシア人という事で、入国したインドネシアでもその事でもちきりだったらしい。
それは番外の話題とし、インドネシアの事情を色々と話してくださった。
意外と思ったのが、インドネシアは出生すると必ず五つの宗教のどれかを選ばなければならないこと。
イスラム教、キリスト教プロテスタント、キリスト教カトリック、ヒンドゥー教、仏教。

この五大宗教の中に私はキリスト教亜流と考える「共産主義」はないそう、
というより共産主義に教化されないよう、国民誰もが五大宗教のどれか選択する義務があり、無宗教というのは許されないそう。
この五大宗教の何れを選ぶかの信教の自由は憲法で保障されているというが、無宗教、無神論は法律違反に当たるという。
日本国憲法20条、信教の自由とは随分と違うようだ。

今日は一年半ぶりに出張,、前職退職の折、義理の当職でお役目を一つだけ受けていた。
現職の方々の中に緊張感失せた老人が混じるのは如何とは思うが、
まあ・・・・・お招きだから、のんびり行ってくる。





■2017.03.12  morning  管理人

最後に日記を書いた3月7日、正午頃に高校同期の友が亡くなった。
昨年四月、二月に首都圏からUターン帰郷した元学長先生の歓迎会でその友は元気そのものだった。
その二か月後、体調不良で検査すると”ステージ4”、一般的には生還は絶望的と言われている。
友はその時己の寿命を受け入れ腹を括ったようだ。

何故、そう私が思ったのかというと、
札幌の友が昨年12月末に帰省し、亡くなった友と私、それにもう一人の友と四人で飲み会を持った。
私は既に友の病状を詳しく知っていたが、友は病気の事はおくびにも出さず、私等もその事には触れず酒席は和やかそのものだった。
余も更け、亡くなった友と「それじゃ又な!」と別れた後、
「俺は北大同窓の医者仲間に聞いたが余命はもう僅か、多分、あいつに会うのは多分これが最後だろうな・・・・」札幌の友がポツリとそう言った。

友の病状が悪化したのは二月下旬、見舞いにと家族に申し出たが、
「可哀そうだから、会うのは許してやってください」、そう言って面会を断られた。
友はそれから一週間ほどのちに他界した。
葬儀の時、友人が亡き友は自らが葬儀の手配やその後の整理万端をしたそうだと話していた。
「やっぱ、腹括ってたんだ」とあらためて思った

友とは中学校三年生から高校まで一緒、私と同じようにシックスティーズとビートルズが大好きでお茶目な不良高校生も一緒した。
大学は、悔しいことに私の行けなかった東京理科大に進学している。
あの時代の騒動の渦中にこそ入らなかったが、私の事を決して否定せず共感を持ってくれた数少ない友。
先の高校同窓会では、私の”あの子”と親しく楽しそうに話していた。
何故なら悔しいが、彼もまた”あの子”とは同級生だったから。

合掌。





■2017.03.07  morning  管理人

マリーナに出掛けていた。
その日は麗らかな春日和、艇庫の前陽だまりの中で学生がスナイプにマストを付けている、今日みたいな日にのんびり海に出ると最高だなとしみじみ。
女子学生に「何年生?」と尋ねる、「ハイ、新二年生です ! 」、地元大学ヨット部だという。
さすが体育会ヨット部女子、今時の若者と違い返事は笑顔でハキハキ。
「もう直ぐ、70才近い爺さん二人連れが海に出る、セールNoは*****だからイザというとき皆さん助けてね」
しっかりヨット部女子にレスキューをアピールしておいた。

マリーナに出向いたのは修理に出していたタイアをトレラーに付けるため、事務所に声掛けNPOのお兄ちゃんに手伝って貰った。
事務所にはもう一人お姉さんも、NPO職員は二人の様。
NPOは結構な数のディンギーやシーカヤックを保有し、様々な活動をしているらしいが、
お兄ちゃんが言うには「(同僚の)彼女、最近自分用のディンギー買ったのですよ」
「そうか、無理して乗るという選択より、私の船を格安で譲るという選択肢もあったのか・・・」と。

出掛けたついでに船体を細かくチェック。
マスト下部カバーが劣化し割れそうに、ラダー(舵)装着用のピン、ステンレス製だが電蝕ザビで折れそうに。
帰宅しネットでそれぞれの部品と予備のロープやショックコードを注文、送料を入れると今回もまたまた万円近くに(泣。
その部品が先日届いた、これらの部品を交換すれば一様のメンテは完了。
一緒に乗ってくれる友も出来、NPO、それに大学のヨット部員にもレスキューの根回しもし、パーツ交換の目途も付いた。
後は乗るだけ。



昨日、友人に電話した。
「今週後半、等圧線の間隔が伸びた穏やかな春日和の日、朝一番に電話するからそのつもりで準備よろしく」
つまり無風の、ポカポカ陽気の日に乗ろうという事。
70才近い爺さん二人、一人は経験者とはいえ13年のブランク、も一人はビギナーで無理は禁物、気象設定を間違えば海は地獄と化す。

そうそう、
最初はNPO事務所に菓子折りを持参しよう、この心遣いイザトいう時違ってくるのだ(笑。





■2017.03.06  morning  管理人

「貴方、不安だからお店付き合ってください」
妻がガラケーをスマフォに替えるという。

きっかけは1月の電話料金、明細に目を通して目が点になった。
二人合わせて普段月の約三倍、ハタと考え直ぐに原因思いついた。
はなちゃんの母さんがディズニーランドから妻と私の携帯に可愛い写真を沢山送ってくれた。
可愛いので私は更にそれを私のPCに転送した。
PCであらためて開いてみると写真はそれぞれ結構大きいサイズ。
これが原因、普段全く使わないパケットなるものが二人とも大きく跳ね上がっている。

「どうしよう・・・・?」
「電話代掛かるから、もう写真送るなとも言えないし・・・・・」
丁度その頃、携帯電話会社からスマフォの案内があっていた。
「貴方、これなら今まで払っていた電話料金の倍ぐらいでスマフォが手に入るようですよ」
「写真送ってもらうと何時も普段の三倍掛かると思うと、でもこれなら何とかなるみたい」
「それに、何時も気にしてた電話もこの料金でかけ放題のようだから」

年金生活者の限られた経済力と、孫娘の写真を沢山送って欲しい気持ちがせめぎあい、結果、妻はスマフォにすることを決断したようだ。
ところで、携帯電話ショップに同行して欲しいと言われたのだが、私にスマフォの知識は皆無。
まあ、隣に棒が立っていると思えば妻も少しは気が楽になるだろうと付き合った。
しかしながら、たかが携帯電話ショップ、あれほど込み合っているとは知らなかった。

待つこと30分程、それでも接客カウンターは空かない。
スタッフが手板を持ちロビーのソファーまで、そこで初期の聞き取りから始まり、契約終了まで二時間半。
途中、スタッフさんとの丁々発止のせめぎあいも。
まず、インターネットのブロバイダーを電話会社に変えたら月額利用料が安くなりますとの提案。
如何ほどかと尋ねると月300円程。
私の返答は、
「年額に直すと3.600円、十年で36.000円程、これが何十万も安くなるなら考えるけど、こちらはいい歳でこれから何十年もスマフォ使うことはないだろうから、これ位の差ならブロバイダー変える厄介考えると従来のままにします」

スタッフさん、更に爺さんの返答にたたみ掛けてくる。
「今のメルアド残す方法があります」
「メルアドだけ残してブロバイダーだけ変えるのはどうでしょうか?」
「ウヌ?、それってブロバイダーのメールサーバーだけ使わせてもらう方法ですか?」
「そうです」

ここいらあたりで同席した私はにわかに腕まくり(笑。
「メールサーバーだけ使わせてもらうって言っても、それって料金掛かるでしょう?」
スタッフさん、即座にパソコンで料金調べてくれた。
結果は、ブロバイダー変えて月額料金安くなるより、メールサーバー使用の月額料金の方がコスト高。
私の一勝!

二つ目は、
ブロバイダー発行の信販カードに入会すると付与されるポイントが通常の10倍になるという。
それでゴールドカードなので年会費一万円+税。
スタッフさんの言い分はこの年会費を払っても、還元ポイントで収支するとお釣りがくるという。
人生訓として、私はこの手の甘い話には一切付き合わない方針を取っているので丁寧にお断り。
しかし、スマフォ契約に行って信販カードまで薦められるといやはや。

スタッフさんから有り難い提案も。
「お客様情報を見せていただくと息子さんも当社スマフォお持ちで、更に当社でインターネット契約されてます」
「この息子さんの契約プランにお母様が相乗りできますので、そうしますと、プラン月額が息子さんと折半でき、これ位お安くなります」
その差額、私があらたにインターネット契約を乗り換えするよりはるかにコストダウン。
なら、こちらの提案を先にせよと思ったが。
息子達がそれぞれ独立してもう直ぐ15年程、この歳になって初めてパケット分け合いで息子の”扶養”に入る(笑。

それでこのスマフォ騒動にはエピソード2があるが、それは後日。





■2017.03.02  morning  管理人

京都夏の陣と大阪冬の陣の”勝ち戦”二件、それと佐世保、弁天橋の”負け戦”二件。
亀親分から計四件のレポートを頂いている。
私がここに綴る当時のエピ−ドは実体験した”一兵卒”の目線で書いている。
元来がノー天気な単ゲバ、日大闘争は別として亀さんと一緒したゲバルトは何故にそういう展開になったかは当時も今も知る由がない。

返して今般の亀さんレポート、目線は変わって”指揮官”のそれ。
当然だが、おのずと内容は紛うことのない犯罪履歴の性格を覚える。
仮にそうしたとしても時効だから訴追を受けることはないと思うが、ご本人の是非は別として、紹介したくてもできない訳だ。

注文を付けると、該当の四件、ゲバルト目線でざっと闘争をなぞったものだから詳しい言い及びに欠けている、歴史的資料としてのレポートを望みたいのだ(暗に請求しているのです、笑)。
それで四案件を勝ち戦と負け戦に分けているが、私は亀親分が勝ち戦としているものが”歴史的”に負け戦、負け戦としているものが”歴史的”に勝ち戦と思う。

それとは別に、我がアパートに亀さんが潜伏した理由やっと教えていただいた、すでにあれから50年近く経過してからだ(笑。
聞き及ぶそれは、亀さんしかりだが私の方もれっきとした犯罪履歴に当たる。
タダの犯罪履歴ならもう時効で恐れることはないが、某派との内紛も併せ持っているので機微なる要素を持つ、だからここには公表しない。

どうだ、50年経って初めて親分に上から目線で物申したぞ(びっびてます)。





■2017.03.01  night  管理人

児童福祉行政の主管課課長補佐から助言を受けて帰る際、管理栄養士さんと牧師様と三人でお茶した。
話題のほとんどはこども食堂以外の話で盛り上がった、目標絞り一途に邁進するのでなく親しい方と会話を楽しむ今の余裕が嬉しい。

牧師様、
「こども食堂の今回の件、私はこれを機会に教会の宣伝をしようとは考えていません」
「ご飯が食べれない子供の事を考え、何とかできないかと思っただけです」
そう仰る。
それに私は敢えて反論した。
「牧師様、ご飯を食べれない子が教会に来て、温かで美味しいご飯に巡り合え」
「楽しい会話の中で優しく接してくれた思い出って」
「それって、子供は大人になっても一生忘れませんよ」

「それが宣伝か布教かは私には分からないけど」
「それに神様信じるかどうかは別にして」
「少なくともその子にとって、教会は温かく優しい場所だという記憶は一生残りますから」
相当に力を入れ、不遜にも牧師様にその様な内容の説教した(笑。

その帰路、こんなことも考えた。
「おい、慈善事業じゃないからな!」
私はかつて、事業の企画会議で余りに思いが強い奴にそう言い放った記憶がある。
採算を度外視し事業の意義だけ熱く語る奴に皮肉を込めて投げつけた言葉だ。
でも、はたと思った。
こども食堂って慈善事業の極みだと思う。

私は罪滅ぼしするほどの悪行をした覚えはないし、かつての騒動も悪行と思っていない。
だからこども食堂は、己の罪滅ぼしの手段ではない。
牧師様の慈善の、博愛の事業をお手伝いしたいだけ。
それだけ。





■2017.03.01  morning  管理人

「重ねて重ねて、くれぐれもお願いします」

ディンギートレラーのタイヤ修理が出来たかどうかマリーナ管理しているNPOに電話した。
「68才の二人で乗るのだけど、これを『70才近い爺さん二人、それも初心者連れで』と言い換えると、イメージ全然違うでしょう」
「それにこの私も十年以上のブランク」
「海上で突発的なアクシデントがあると、体力的にも対処不能に近いので」
電話でそう切々と訴えた。

更に、
「私等二人は週休七日の身、のんびり平日に乗りたいと思ってる」
「多分、周りに出艇している船は無いはず」
「今の時期、何かあれば北風で沖へ流されてしまうし、強烈な西風だと沖に突き出た消波突堤に激突・・・・・・」
思い付く限りの”負”の想定、後から後からつらつら並べて電話でNPOのお兄ちゃんに切々と。
これまで十数年、乗ることなしに管理費を欠かさず払ってきているもので、これくらいのお願いは許されると思うのだ。



13年程のブランクあるので自前のディンギー写真はない。
NPOツイッターにイメージ分かり易い写真が一杯あったので無断借用、写るは私と同じディンギー艇。


それで何をお願いしたのかと具体で言えば、
出艇したら見守って(ウオッチ)下さい、何かの時はレスキューして下さいと。
有難いことにマリーナには何時でも出動できるレスキュー艇が備わっているが、それもこの爺さん連の遭難に気が付けば役立つという事で。
「よろしくお願いします」と、かつては国体レスキュー責任者が立場を変えての切なるお願い。

「大丈夫ですよ、時折、単独で出艇する方もいますので、注意してますから」
有り難いお言葉を頂けた。
何度も言うが、この70才近い爺さんがはじめる(再開する)冬場のデンギィーはそれ程に過酷なスポーツ。
更に相棒も70才近いビギナー、彼の安全担保は何より優先する。

それで何時から始めようか思案している。
「東北温泉旅行の前に腰痛め、旅行が御破算ちゅうう可能性も十分あるし・・・・・」
「何せ二人はツアーのドライバー、カミさん連に何と言われるか」
「旅行の後からにしようか・・・・・」
偉そう乗る乗ると吹聴しているが、既に十分腰が引けている(笑。

しかし相棒、当面のメンテ費用は折半すると言ってるし、
ここはメンツに掛けても言い放しには出来ないわけで、
一度は体ばらけても乗らないと・・・・、名ばかりセイラーマンは悲壮な決意なのだ(大笑。



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